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おしらせ
本年度の営業は、10月11日で終了しています。ご愛顧頂きましてありがとうございました。
仙人温泉小屋エッセイを改定してあります。
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仙人温泉トピックス

仙人温泉小屋慰労会報告
伊豆
(報告:田中、2016年11月8日掲載)

11月5日に西伊豆の雲見温泉で、仙人温泉小屋の慰労会が行なわれました。
千貫門に沈む夕日を見て、船盛の刺身で酔い、源泉脇の露天風呂で朝風呂を楽しみました。
来年は、ギターだけでなく、ほら貝の音が仙人谷に響きわたるかもしれません。

1_雲見温泉の民宿の前で


2_千貫門の夕日


3_雲見温泉に入る仙人


4_ほら貝を吹く仙人

仙人温泉トピックス

小屋番日誌
「9月21日〜10月15日」
(高橋仙人、2016年10月30日掲載)

15日。快晴。
さあ、下山日だ。天気は申し分ない。雨の心配がない。気力充実、5時起床。
本日は出入り口を四カ所始末する。残った食材をネズミに食われない場所に隠す。食器を洗って棚に格納する。ハンガーに掛けてある衣服をケースに納める。下山のための荷物を整理してザックに詰める。

あれやこれやの作業を終わらせて、外に出たのが9時。記念写真を撮って、下山を開始したのが9時半。脚力に自信がないので、独りで先に歩き出したのだった。

流石に今シーズンの見納めと思えば、仙人谷に後ろ髪を引かれる。辛いことも多いけれど、楽しいことも多い。また来年に来たいよ。健康体を
維持してだ。
祖母谷温泉には夕暮れ前に着いた。部屋にザックを置いて大露天風呂で二日分の汗を流す。ゆっくり、のんびり入浴をしてからビールで乾杯。ボランティアのスタッフに感謝です。山小屋では常に食事と食材を念頭に置いている。食後の片付けも毎日となると、かなりの負担になる。その身分から解放されると、身も心も軽くなる。熟睡できた。



14日。晴れ。
晴天の夜は気温が下がる。10℃を切る日が続く。寒いと布団から抜け出すのが辛い。起床をする5時半から7時頃までが一番気温が低い。
昨日は一人の宿泊者がいた。九州からの登山者だったので、断り切れなかったのだ。が、朝の出発は早かった。再会は出来そうもないが、また来て下さいね!と見送るのが常だ。袖振り合うのも多少の縁、だが、多少どころではない不思議な縁だと思う。
8時半、作業開始。本日の仕事がどれだけ進行するかで、下山日が決定するのだ。上手く行けば明日に下山して、祖母谷温泉で慰労会をしたいと云うのがスタッフの総意だ。
本日は窓の雪囲いと橋の撤去、そして温泉パイプの回収作業だ。午前中に雪囲いはほぼ終了した。今日からの応援スタッフの村上さんが12時半に到着。直ぐに入浴して貰ってから、温泉のパイプを回収にかかる。二手に分かれて作業を進めるが、アクシデントがあって少しもたついた。
14時半に温泉のパイプは撤去できた。まだ日没まで間があるので橋の撤去を頑張る事にした。
ちょっと無理気味だったが、何とか終わらせることができた。営業日は雨に祟られたが、小屋閉めは晴天続きなのが皮肉だった。
作業で汗をかいたので風呂に入りたいが、本日は入浴無しだ。明日の祖母谷温泉まで我慢しなければならない。
仙人温泉小屋での最後の夕食はカレーだ。飯を7合炊いて明日の弁当も間に合わせるつもり。本来ならばビールと日本酒で酔いが回るまで飲むが、明日の作業を考慮して軽めの宴会にした。
19時半消灯。


13日。晴れ。
朝起きて外を見ると、白馬から唐松までの稜線が白い。仙人谷は濃霧だったが、後立山連峰は雪が降ったんだね。
6時半起床。小屋閉めの作業は、休憩所の屋根を解体すればほぼ終了。
8時半から三人で作業開始。造るのには半日かかる仕事も、解体するのは二時間で終わる。片付けをして洗濯物を屋外に干して本日の作業は終了。10時半だった。空を見上げて紅葉の山を眺めていたら、イヌワシが三羽飛んで来た。今シーズンの見納めかも知れない。

14時半、群馬の田中さん到着。小屋閉めのために今年も駆けつけてくれた。

担ぎ上げてくれたキムチ、明太子を肴に四人で乾杯をした。人数も揃ったのでもう、心配はない。16日には予定通りに下山できそうだよ。
17時半に夕食開始。もう晩酌の分まで飲んでしまっている。飲み過ぎると明日の作業に障る。今が大事な時だからビールを一本、日本酒を一合だけにした。
19時半消灯。


12日。晴れ後雨。
今朝もゆっくり寝た。気温は7℃。とにかく寒い。起床したくないが、小屋閉めの作業を遅らせることはできない。
6時半に起きてビールを飲んだ。もう一日アルコールを控えれば身体の調子は良くなるが、小屋でビールを飲めるのは残り四日間だ、飲まないと損をする感じだからね。
本日の天気予報は昼から雨。酔っ払う前に切り上げて、8時半から作業を開始。窓の雪囲い、風呂の脱衣場の解体。燃料を食堂の通路に格納。梁の補強と忙しい。小森さんとMさんが頑張ってくれるので本日の予定はこなせる見通しがついた。
11時40分、ソーメンを茹でて昼飯にする。ビールを一本飲んだ。雲行きが怪しいので昼寝をせずに作業開始。
食堂の南側の壁を補強して本日の作業終了。14時20分だった。交代で風呂に入ってから晩酌を始める。エビ天を乗せたうどんが本日の晩飯だった。
19時半消灯。


11日。快晴。
6時半まで眠った。営業が終了した安心感で熟睡した。三人で小屋閉めをすると、作業が速い。予定した仕事よりも先に作業が進む。天気も雨の心配が全くない。気持ち良く仕事がこなせるよ。
昨日、ゴミを燃やした煙りを吸ったら、喘息が再発しそうになった。山小屋の空気は清浄なのだが、ゴミの煙りはうっかりした。本日は注意しようと思う。
喉の調子がわるいので、朝のビールは控えた。玉子焼きと味噌汁の朝食を済ませて、8時半から作業開始。
Mさんは昨日の残工事。小森さんは物置の荷物を宿泊棟に運搬。仙人は食堂の押し入れ造り。11時半に予定の仕事を済ませて、昼食。小森さんとMさんはビールで喉を潤す。仙人は夕方までアルコールは辛抱する事にした。
昼に30分横になって休憩をした。安静にしていれば、咳は出ない。ひょっとしたら、目に見えない疲労が、溜まっているのかも知れない。
午後の作業も順調だ。今年の小屋閉めは手際よく進行している。明日の天気が夕方まで持ってくれれば、非常に嬉しい。
カレーライスとトンカツの夕食を済ませたのが18時半。テレビでサッカーを観戦して、19時半消灯。


10日。小雨。
天気予報では晴れ!だったが雨が降っている。本当にどうしたんだい、この天気は?
宿泊者は5時半の朝食だが、大阪の大西さんは今日下山のために、少し早めの朝食だ。
6時前に大西さん出発。三人の登山者も続いて出発。ホッとしてスタッフ三人も朝酌と朝食。腹がふくれたら休憩タイム。本日から本格的に小屋閉めをスタートするので、あまり長い休憩はできない。
8時半、六畳の宿泊棟の解体を始める。雨は止んでいるが、仙人谷は霧に閉ざされている。作業に支障のある雨でないのが何より嬉しい。
11時には解体と片付けが終わった。そこで、昼食にする。ビールを一本だけ飲んでソーメンを食う。何時もならば昼寝をするのだが、本日は休憩だけにして午後の作業を開始する。
大部屋の押し入れを二カ所造って布団を格納する予定だったが、一カ所仕上げると15時になったので作業は終了した。
交代で風呂に入ってからビールを飲んで晩酌を楽しむ。今週末は下山をするかと思うと、楽しいばかりでは無い。寂しい気持ちにもなる。
小森さん17時半に夕食を終えて入浴、そして就寝。Mさんと仙人は19時半に消灯。仙人はすぐに就寝。Mさんは入浴してから就寝。


9日。大雨。
夜半から降り出した雨は夜が明けても止まない。橋が心配になったので5時半に様子を見に行った。沢は濁流であふれている。が、橋はギリギリで耐えている。これ以上雨量が増えなければ流されることはない。欅平に向かう鈴木さんは6時に橋を渡って下山して行った。
12時になると雨は小降りになった。どうやら峠を越えたようだ。明日の天気が回復してくれる事を祈らずにはいられない。
15時半に黒四ダムからの予約者が到着。まずは一安心。この天候では遭難の可能性があるので無事に到着してくれるとホッとする。
夕食の用意を始める。今シーズン最後の調理になるかも知れない。3ヶ月の営業期間も終了間近と思うと、少し心残りではある。
16時からは気温が急降下している。やっと10月の気温になったようだ。
20時消灯。


8日。雨。
しかし、だよ。良く降るね。10月に入って雨の日は6回だからね。今日から連休なのだが、この冷たい雨の中を歩く登山者はは辛いと思うよ。
5時半に起床。炊飯器に三合の米をセットして点火。ジャガイモの皮を剥いて味噌汁の具にする。キャベツとソーセイジを炒めて朝飯を食う。仕事はほとんどない。朝寝をするだけだよ。
11時15分、大阪の大西さん小屋に到着。大雨の中をお疲れさまでした。頼んでおいた荷物を受け取って、再会の乾杯。
15時30分に埼玉県の登山者が宿泊。16時半に素泊まりの人が宿泊。スタッフ4人に宿泊者2人で夕餉時が賑やかだった。
20時消灯。


7日。快晴。
束の間の晴天なのかも知れないが、素晴らしい青空だ。雨に濡れた屋根が乾いたら、布団を干したいね。今シーズンは最後の布団干しになるだろう。
4人の宿泊者は6時半に出発して行った。祖母谷温泉までは10時間コースだけれど、この天気ならば歩き通せると思う。
9時から布団干しスタート。三人なので仕事が速い。30分で屋根の全てに布団を広げた。屋根の布団を見ていたら、南西の稜線からイヌワシが仙人谷に飛来した。直ぐに谷間に姿を消したが、久しぶりの雄姿を見て安心した。こんな雨の続く日はさぞかし腹が減っていることだろう。
13時前に布団を室内に取り込んで昼飯にした。小森さんは午後からも少し作業をして来る、と言ってでかけた仙人とMさんは交代で入浴をして休憩タイム。
昼に処理しておいた肉で、夕食はトンカツにする。下味をつけて少し寝かせる。16時から衣をつけて揚げる。3人を分だから出来上がりも速い。ついでにジャガイモとワカメの味噌汁を作って今晩の献立は終了。
17時になるとストーブを点けなければ寒くて適わない。屋外の気温は10℃を切っている。灯油が残り少ない。二台のストーブに点火したいが一台で辛抱する事にした。
朝の早い小森さんは19時前に就寝。Mさんも19時半に就寝。仙人は後始末をして20時消灯。


6日。雨。
大したことは無い、と多寡を括っていた台風18号は仙人温泉小屋の便所の屋根を一部ではあるが、吹き飛ばした。直撃ではないので、それ以上の被害は無い。
台風一過の晴天を期待したが、朝から雨だ。10月に入ってから、まだ太陽を見ていない。もう小屋閉めをして下山したくなるような悪天候だよ。
昨晩から納豆造りの段取りをしている。65歳になると、歯がぐらぐらしてくるので固い肉は食えない。魚とか、豆腐料理が胃にも歯にも優しい。納豆は酒の肴になるし、温かいご飯に味噌汁、納豆で朝食が間に合うね。
12時になっても雨は止まない。登山者の姿は全く見えない。もう今シーズンは営業が終了した感じ。諦めムードで一杯だよ。
13時に無予約の登山者が宿泊。一人なので食事の用意は余裕。と思っていたら三人の宿泊者が到着。ちょっと忙しくなる。けれど4食ぐらいなら驚かない。まずまずの時間で用意は整った。
宿泊者の応接は小森さんとMさんに頼んで、仙人は自室で休憩をした。
宿泊者には19時半で食堂を退室してもらった。食事の後片付けをして、スタッフの食事を
30分で済ませた。
20時消灯。


5日。曇り後雨。
4時に小森さんは食堂で行動開始。本日は雨の降らないうちに登山道の補修をすると張り切っている。朝のビールと日本酒を飲んでMさんと出発して行った。
食事の後片付けをしてから少し横になった。9時半に上の小屋から登山者が下りて来た。総勢23人のパーティーだった。その後単独の登山者が一人下山して行くと、登山道から人影が消えた。
登山道整備は意外と速く終わった。小森さんとMさんは帰るとまず、ビールで喉を潤す。昼食を軽く済ませて風呂に入る。Mさんは宿泊棟で昼寝をする。小森さんはじわりじわりと飲み続ける。付き合いたいのだが、仙人の胃袋は焼けていて少し痛む。自室で横になった。
時々、バラバラッと大粒の雨が降って来る。稜線を吹き抜けて行く風の音も大きい。強い風が吹くと空一杯に枯れ葉が乱舞する。台風18号が近づいているようだ。
16時から夕食の用意をするつもりだった。が、どうも胃の調子が良くない。夕食は各自で用意する事にした。
20時消灯。
雨は降っていないが、風の音は耳障りだ。


4日。曇り。
大きな台風が沖縄本島を通過している。瞬間最大風速59メートルだってよ。救助のヘリが下降して接近すると50メートルの風が起きる。姿勢を低くしなければ、吹き飛ばされるほど強い。そんな風を伴った台風に直撃されたら、小屋は大きな被害を受けるよ……、心配だ。
宿泊者は7時に朝食を済ませて、8時半に出発して行った。天気予報は午後から晴れと言っている。
14時半、スタッフの小森さん到着。いよいよ小屋閉めが近くなった気がする。16時からスタッフだけの夕食開始。18時半に終了。
19時半消灯


3日。晴れ後雨。
暖かい朝だ。10月の気温としては、異常だ。北陸地方の平地の気温は31℃と天気予報で言っている。三日前は冷え込んだので、後立山の稜線がうっすらと雪化粧したが、台風18号の影響で夏の陽気が、ぶり返している。
宿泊者は7時に出発して行った。雨が降っていないのが何よりだよ。送り出す我々も心が軽い。
Mさんと朝食と朝酌をしてから風呂に入った。やれやれとのんびりしていると、高橋さん!小金井のОです。と、登山者が訪ねて来る。毎年立ち寄る人なので風呂を切り上げて挨拶をする。人と人との触れ合いは大切にしなければならない。
小屋に登山者の姿が消えた頃に自室で横になった。日記を付けている10時過ぎ、ドド〜ンと大きな音がして小屋が揺れた。黒部川の群発地震だ。気持ちが悪くなったね。早く小屋を閉めて帰りたくなったよ。
11時、雨が本降りになった。
12時半、仙人池まで行くグループで脱落した人が、二人宿泊した。秋田県の女性だった。少し早めの夕食にした。
20時消灯。


2日。雨。
今日も雨だ。あまりにも雨が多いので、9月の降雨日を数えて見たら、19日間なのだ。これでは登山者も計画を立てることを逡巡するだろうよ。
昨日宿泊した大阪の上野さんは朝風呂に入って、のんびりと出発して行った。もう何回も宿泊しているので、帰路の時間配分は良く解っている。小雨程度では全く心配は要らない。
本日は珍しく、六人の予約がある。が、天候不順なのでドタキャンの電話がいつ何時あるかも知れない。あらかじめ覚悟をしていないと神経が持たない。
午前中の暇な時に、入浴しがてら岩風呂の掃除をした。登山者が一人も通らない登山道だけど、受け入れ体制だけは常に整えている。
14時まで読書をした。眠くなったので少し横になろうとしたら登山者の声が聞こえた。女性が多いようだ。賑やかに、とても楽しそうに話し合っている。予約者は五人組だ。久しぶりに夕餉時が華やかになりそうだ。その後を追って埼玉県の中本さんが到着。毎年二回は来湯してくれる人だ。
15時から夕食の用意を始める。米を炊飯器にセットする。味噌汁の鍋をコンロにかける。天ぷらの食材を調理する。お茶の湯を沸かす。六人分の飯椀、汁椀をテブルに並べる。色々、細々と忙しい。
副食品は17時20分に完了した。さあ、宿泊者を食堂に呼ぶか、と思ってはっとなった。いけねぇ、炊飯器のスイッチを入れ忘れてる。直ぐに火をつけたが、七合だと炊き上がるのに30分かかる。17時40分に宿泊者が食堂に押しかけて来る。
「炊飯器のの調子が悪くて、飯は6時になります」
と、苦し紛れの言い訳をする。
調子が悪いのは調理人の頭の方なのだが……。
テーブルに付いた人は皆ビールを所望したので、飯が遅れることに対してクレームはなかった。
女性が四人(と言っても65歳以上の人ばかりだ)だったので奮発してギターを弾いた。好評のうちに夜は更けた。
20時消灯。
ランプが灯る露天風呂では消灯後も元女性達の黄色い声が賑やかだった。


10月1日。雨。
あれっ!と云う間に10月になった。今年も残り3ヶ月になった。月日の過ぎるのが速く感じられてならない。
雨なので暖かい朝だ。6時の室温は14℃。ストーブを点けなくても凌げる気温だね。でも、登山者にとっては、冷たい雨なのかも知れない。9時に7人パーティーからキャンセルの電話があった。登山道を歩いている人は皆無に近い。
暇なので、昼過ぎにテレビで刑事コロンボをMさんと見た。今日も二人だけの夕食かと思っていたら、15時半に宿泊者が来た。毎年ではないが、何回か宿泊してくれた人だった。
夕食は17時半。


30日。快晴。
深夜3時に目が覚めた。小用のために外に出ると素晴らしい星空だった。室温は8℃。こんな冷え込みが三日続けば紅葉が仙人谷を染めつくすだろう。
12時前に森林管理局の職員が二人来た。下山した登山者は一人だけ。もう、お話になりません。小屋の営業が残り12日間になつたが、経費倒れが確定しました。
15時にのんびりと風呂に入りました。経済的にやるせないことを、温泉が忘れさせてくれます。
風呂上がりにビールと日本酒を悪酔いしない程度に飲んで、少し眠りました。小屋の仕事が暇なので、本業で痛めた左肩が辛くなくなりました。怪我の巧妙なのでしょうかね。
宿泊者が0人なので、Mさんに夕食の用意をしてもらって、17時まで横になっていました。
Mさんと夕食を食って20時に消灯して寝ました。


29日。雨。
今朝も雨だ。もうギブアップだよ。心が降り続く雨に耐えられなくて、倒壊してしまった。
宿泊者の朝食は6時だ。雨足が強いので出発を逡巡している。
8時半に登山者が上の小屋から下山して来た。全く無情の雨と言うしかない。山の景色を楽しむ事もできず、休憩もあまりせずに、そそくさと下山して行く。
15時過ぎにようやく小降りになった。雨が上がると気温が下がる。仙人谷の紅葉が進んで来たよ。一週間後には見頃になりそうだ。
17時に入浴して緑茶を飲んだ。身体を動かさないのでビールも、日本酒も美味くない。飯も食いたい、という気が起こらない。19時半に汁かけ飯を少し食って寝た。
20時消灯。


28日。雨。
深夜1時半に屋根を叩く雨の音で目が覚めた。救助のヘリコプターが飛べるかどうか心配になる。
うとうとしてから、3時に小用のため室外に出て見る。細かい雨が降っているが、視界は良好だ。このまま天気が大崩しないように祈るばかりだよ。
4時に起きて朝食の用意を始める。雨は強くない。白馬岳の頂上は見えないが、唐松岳の頂上は良く見える。これならヘリコプターは飛べる、と確信が持てた。
5時に朝食開始。5時半に黒部署から電話がある。小屋の気象状況を説明してヘリコプターの到着を待つ。足首を腫らした登山者は独りで歩くことが出来ない。トイレも背負って連れて行く。本人も歯がゆいだろうが、世話をする者も骨が折れる。
6時20分にヘリコプターが小屋に向かった!と黒部署から電話連絡がある。怪我人は食堂で待機していたので、直ぐにへりポートまで担ぎ上げる。程なくしてヘリの爆音が聞こえて来る。警察無線でこちらの場所を確認して、ヘリはホバ―リング態勢に入る。警備隊員が昇降機のワイヤーで降りてきて負傷者を吊り上げて作業は終了。6時53分だった。
小屋に戻ると疲れがどっと出た。身体はそれ程ではないが、精神的な疲労が応える。布団に潜って寝た。
9時になると本格的な雨になった。仙人谷は霧に煙って視界が閉ざされてしまった。負傷者の救助が早く済んで良かったよ。
12時前に男女二人が宿泊。一時間遅れで素泊まりの男性が一人。雨足が強いので計画を変更する登山者が多い。
17時半に夕食が整った。疲れが抜けないので、食事時は自室で横になった。
19時半に夕食を少し食って早々に寝た。
20時消灯。


27日。快晴。
天気の良いのは今日までとの予報。また明日からは雨の日か続くらしい。関東地方の所沢市も雨の多い9月だ。布団を干せない日ばかりだ、と。
宿泊者は雨具無しで出発して行った。ビールと日本酒を飲んで、朝食の片付けをして横になる。予約者が3人いるので、ぐっすり安眠と云う訳にはいかない。
12時過ぎに毎年来てくれている、石川県のΚさんが到着。続いて無予約の男性。13時に男女の予約者。池の平からの男女は遅くなるとの電話連絡を受けている。
先着していた4人の食事は17時半に開始。Mさんは到着してない二人を迎えに出る。戻って来たMさんは登山者のザックを小屋に置くとまた出て行った。30分して戻ったMさんは歩けなくなった女性を背負っていたのだった。
左足首が腫れ上がっているので、捻挫より重傷に思えた。骨折の疑いが濃厚だ。山小屋では処理し切れない。富山県の山岳警備隊に電話をする。警備隊員は違う事故で出動中との返事。事故の処理が終了したら、電話をくれる、と留守番の女性が応対してくれた。
待つしかない。
19時10分。黒部署の警備隊から電話がある。遭難者の本人確認、同行者の確認、山岳保険の有無、事故の場所とその状況など
を説明して結論が出る。ヘリコプターでの搬送、と云う結論だった。
明朝5時半に小屋の天候を確認するために電話する、と云う打ち合わせをしてようやく自分の食事にありつけた。
20時消灯。


26日。曇り後雨。
深夜から雨が降り出すと云う天気予報だったが、6時の朝食時には降っていない。下山する宿泊者の顔色も良い。雨が降ると雲切り新道の下りは足元が悪くて神経が疲れる。雨の日に歩いた登山者は皆、二度と来ない、と言っている。去年、今年は秋に雨が多いので登山者が激減している。10年前の記録と比較したら、小屋を通過する登山者の数は三分の一になっている。
11時まで朝寝をして、風呂に入った。自堕落な毎日だが、東京に帰れば倒れる寸前まで働く日もある。せめて、山小屋にいる時ぐらい勝手気ままでいたいのだ。
「誰のために?」
自分のためか、女房のためか、子供のためか、孫のためか?。
いえいえ、人は人智を超えた遠い所から聞こえて来る声のままに生きるのだよ。アマツバメが南に帰るように、クマが冬眠をするように、人も季節の風に乗って来る声を聞いて行動するのですよ。
「……。」
12時半にびしょ濡れの男女から素泊まりのかな申し込みがあった。雨の山行が2日続くと、歩こうと云う気力が萎えるね。
食事の用意がないので、腰を落ち着けて飲んだ。宿泊者はMさんに任せて早々に寝た。
20時消灯。


25日。晴れ。
昨晩は素晴らしい星空だった。今朝も晴れてはいるが夕方まで晴れると云う保証はできない空模様だ。
登山道の整備がてら、アザミの葉を採りに雲切り新道のピークまで行った。途中、4人の登山者とすれ違っただけの、静かな登山道だった。
今年はブナ、ナラの実が不作だ。クマの爪跡が残るブナの木を見上げたが、全く実がついていない。おかしな年だ。異常気象と云うだけで片付けられない気象状況だね。
キノコも不作だ。毎年採れる倒木に出ていない。丹念に藪のなかを探してようやく味噌汁一回分のナラタケが採れた。
12時過ぎに真砂沢ロッジからの登山者が到着。予約者だったが明日が雨らしいので、次の小屋まで頑張ります、との意志表示。できれば泊まって欲しいが、安全第一。登山者の要望が最優先なのだ。無理に引き留めたりはしない。
14時に単独の予約者が到着。時間を置かずに二人、三人と予約者が到着。昨晩は夜更かしをしたので、身体がだるい。昼寝をしながらの受付なので要領が悪い。夕食の用意をするために、気合いを入れて調理場に立つ。仕事を始めれば少しずつ身体が動き出す。2時間包丁を握れば用意は整う。眠気の残る身体に鞭を打って17時まで頑張った。宿泊者の応接をMさんに任して、横になる。身体が辛い時は本当に助かる。
18時半に宿泊者の夕食は終わった。食器を洗って、晩酌の日本酒を少し飲んだ。悪酔いをする前に酒を切り上げて、大西さんが担ぎ上げた生ラーメンを食って寝た。
20時消灯。
胃がもたれていたので、胃薬を飲んで寝た。


24日。晴れ。
布団干しのできる快晴ではないが、とりあえず朝は晴れている、気温は13℃。いよいよ紅葉が始まりそうだ。
今年はMさんが小屋番の手伝いをしてくれているので、独りの夜が無い。7月29日に宿泊した足立区の人が、月下独酌と云う李白の詩を毛筆で
和紙に書いて持って来た。去年は月を相手に飲んでいることも多かった。独酌もなかなか良いのですよ。
欅平駅からの予約者は14時にキャンセルの電話があった。本日はスタッフだけの宴会かと思っていたら、小谷村の吉田さんが来てくれた。黒4ダムから雲切り新道を登って来てくれたのだ。
夕食は大阪の大西さん、Mさんと4人だった。BSテレビで9時から過酷な山岳レースの番組を21時まで見た。と云うのも、7月末に宿泊した徳島のH女史が出場すると聞いていたからだ。が、彼女は一度もテレビに出ることは無かった。
残念。


23日。雨。
また今日も雨だ。予報では終日降りそうだ。もう沢山だよ、一過間太陽を見ていない。
雨の中を宿泊者は出発して行った。せっかくの山行だが降られっぱなしは辛すぎだね。本日の予約者もずぶ濡れかと思うと気が滅入るよ。
15時半に宿泊をキャンセルします、と電話があった。昨晩は調子が上がり過ぎて大分飲み過ぎたが今日は宿泊者0人なので自分のベースで飲める。無理をしないでほろ酔い程度で晩酌を切り上げた。
20時消灯。


22日。雨。
深夜1時には星空だった。それが3時になると小雨になった。本日は田中さんが下山するので、4時に起きて朝食の用意をした。
6時に田中さんは出発して行った。何時もならひと眠りする時間だが、予約の宿泊者が11人いるのでのんびりはしていられない。
宿泊棟の布団と毛布をたたみ直して棚に整頓をする。掃除をする。スリッパを揃える。雨具を干すためのストーブを点検する。11人分の食材をカットする。アザミの葉を採ってきて茹でる。テーブルを座卓に替える。一人ではちょっとしんどい。
13時に概ね終了。
11人組は15時に到着。スタッフのMさんも時を置かずして到着。全員ずぶ濡れ状態だ。すぐに風呂に入ってもらい、配膳の手伝いをお願いする。食事の用意は順調に進んで17時半には夕食を提供できた。
11人組のリーダーとは10年ぶりの再開なので、話は積もるほどあった。
消灯の20時までには話し切れずに、バッテリーの電灯で21時半まで飲みながら話しこんだ。とても嬉しい再会だった。


21日。曇り後雨。
台風は去ってくれたが、天気は良くない。深夜には出ていた上弦の月が3時には朧月になり、5時には厚い雲に隠れてしまった。
心配された降水量も橋を破壊するほどではなく、風の被害も無かった。
本来なら台風一過の青空が広がる筈なのだが、昨今は前線を残したままのグズグズした台風が多い。
田中さんが、朝食後に風呂掃除をしてくれたので、朝寝をしてから入浴をして髭を剃った。登山者の姿は皆無。世話なし、処置なしなので身体は楽だ。
テレビで昼のニュースを一時間見ながらビールと日本酒を飲んで、また寝る。
16時半に夕食の用意を始める。明日は田中さんが下山する日だからトンカツと餃子でもてなした。
20時消灯。

仙人温泉トピックス

仙人温泉小屋2016小屋閉め
(小森さん報告、2016年10月25日掲載)

仙人温泉トピックス

仙人温泉小屋お手伝い報告
(大西さん報告、2016年10月3日掲載)

 遅くなりましたが25日の写真を送らせて貰います。
お湯の成分分析表と雲切新道からの坊主山写真と仙人山
仙人ダムからの写真です。
小屋周辺は10月始め頃からの色付きを予想しています。
仙人温泉小屋は先週から7日連続の雨で
24日と25日が久し振りの晴れとなりました。







仙人温泉トピックス

温泉ソムリエが来湯しました。
(田中さん報告、2016年10月3日掲載)

 台風16号が秋雨前線を刺激して、激しい雨が降っている中、18日の夕方4時半に、ずぶ濡れの2人組が阿曽原温泉から来ました。
彼らは温泉ソムリエです。(温泉ソムリエ協会の資格で、温泉大好き人間だと思ってください)
2人共、入湯数約600で、群馬と大阪から来ました。大阪の方は3年目にして、やっと来れたと感激の様子。
大雨で湯が止まったり、橋にかかっている沢の水が引くまで朝の出発を待ったり、というハプニングがありましたが、なんとか雨の雲切新道を下って行きました。
最も辛くて刺激的な温泉旅になったことでしょう。
できれば、もう一度、景色が見えるときにいらしてくださいね。

仙人温泉トピックス

小屋番日誌
「9月3日〜20日」
(高橋仙人、2016年9月23日掲載)

20日。雨。
12時頃地響きがして、地震の揺れを感じた。気象庁のホームページに黒部川の十字峡の上流で群発地震が発生していると大阪のОさんから報告があった。
台風が九州地方に上陸して、本州の太平洋岸を東進している。峡谷鉄道は本日終日運休なので登山者の姿は無い。朝飯を食って11時まで眠る。


19日。雨。
昨日から降り出した雨は止む気配がない。宿泊者が出発できるような状態ではない。とにかく凄い雨なので橋が心配になった。
8時に沢の水量を見るに行くと濁流が橋を押し流す寸前だった。雨が小康状態になった一時間後に沢に行くと、水位は30a下がって、流れは澄んでいた。足止めになっていた登山者は安全に橋を渡って下山して行った。
本日上山して来る大阪のОさんから、「峡谷鉄道が運行してないので小屋に行けない」と電話があった。11時に欅平駅に電話して列車の運行見通しについて問い合わせると、13時53分の一便だけ宇奈月行が出発する、それ以外は運休すると云う説明だった。
大雨だし、下山路の列車は動かないので登山者は全くいない。仙人温泉小屋の二人はゆっくりと風呂に入って、夕食を食って寝た。
19時半消灯。

18日。雨。
大雨注意報が発令されている。北陸地方は120ミリの降水量になると3時のニュースでラジオが言っている。
朝食は5時。素泊まりの宿泊者が二人。2食宿泊者が二人。3人は6時に出発して行ったが、一人は出発を見合わせて連泊。
昨日池の平に宿泊した4人が10時前に立ち寄って休息をした。その後二人2組の登山者が通過しただけで、強い降りの雨が断続的に続いている。
読書三昧の一日なので腹が減らない。食欲がない。昼にビールを飲みながらフグの卵巣をつまんで酔うことを楽しんだ。
午後も読書をしたり、ウトウト眠ったりした。16時半に予約の宿泊者2名がずぶ濡れで到着。こんな雨の日だから宿泊者はいない、と判断していた。さあ、忙しい。直ぐに夕食の用意を始める。と、温泉が止まっていると指摘されて驚く。温泉を楽しみに来ている宿泊者のために、源泉まで修理に行った。
修理は17時半に終了した。夕食はΤさんが整えてくれた。小屋番が二人いれば多少のアクシデントは乗り越えられる。
18時、夕食開始。
仙人はクシャミが出て寒気がしてきたので布団に潜り込んだ。雨は断続的に降り続いている。
20時消灯。


17日。曇り後雨。
16号台風の動きが遅い。明日からの連休が秋雨前線と台風の影響で雨に祟られそうだ。
宿泊者は5時半に出発して行った。順調ならば15時に欅平に着く筈だ。雨に降られない事を祈る。
14時半に予約の宿泊者が到着。雨が降り出した。明日から手伝いに来る予定だった大阪のOさん、Hさんの両名は上山が日延べになった。
16時半、もう来ないだろうと思っていた欅平からの予約者が到着。にわかに調理場が慌ただしくなる。炊飯器の米を追加、味噌汁の具も追加、天ぷらの材料も用意し直す。バタバタと段取り替えをして、何とか夕食の定時までに間に合った。
雨は強く降ったり止んだりの繰り返しだ。明日の天気が心配だが、こればかりは手の施しようがない。人の都合で地球が回っている訳ではない。人事を尽くして天命を待つ、と云うのが仙人の心境だね。
20時消灯。


16日。曇り。
人は産まれた土地の気候が暑さ、寒さに対する順応性を育むのかも知れないね。
昨日宿泊した人は、沖縄出身の人だった。17点℃の気温を寒がっている。聞けば沖縄では真冬でも10℃以下に気温の下がる日はないらしい。
昼には薄日が射した。予報では高気圧に被われるため、もっと日光に恵まれそうだった。
14時。真砂沢ロッジから朝に宿泊の申し込みのあった夫婦が到着。昼のビールを飲んでいたので、緊張して受け付けをした。昨日は宿泊費を少なく請求してしまったのだ。どうも昨今は飲むと頭の回転が鈍くなる。計算間違いをしばしばする。
解っている。
解っているが飲み出すとなかなか止まらない。酒に飲まれてしまうまで飲んでしまう。
夕食の用意は何とかこなした。接客を桐生市のΤさんに頼んで、寝室で横になる。酔い醒ましの水を飲みながら、後悔をする。


15日。曇り。
本日は青梅市のΚさんが下山する日だ。交代で桐生市のΤさんが上山して来る。スタッフが代わるたびに新鮮なキャベツ、納豆、生ラーメンなどが山小屋に届く。缶詰やレトルト食品が並ぶ食卓が、華やかになる。決まりきった食材の料理が毎日続くと、どうしても食欲が落ちる。健康を害する寸前の体調になる。
仙人温泉小屋は去年、3ヶ月に3回ヘリコプターで荷揚げをしていた。今年は2回だけで済ませたい。3回目の経費を賄える余裕はないからだ。
Κさんは5時半に出発して行った。交代で来てくれるΤさんは15時ぐらいの到着の筈。自宅でブドウを栽培しているので、多分届けてくれると思う。
13時半に予約の宿泊者が到着。この人を含めて4人しか通行しない雲切り新道の木の葉が、少し色付き出した。
14時半にスタッフのΤさんが額に汗を滴らせて到着。生野菜をたくさん担いで来てくれた。宿泊者にお裾分けして15時から20時まで飲んだ。
宿泊者の故郷は沖縄だった。味見させてくれた泡盛は美味かった。
20時消灯。

14日。雨。
それにしても雨の日が多い。登山道や橋の被害はないが、小屋の売り上げに対する被害は甚大だ。
ちょっと朝寝坊をしたので6時に発電機を回す。テレビの天気予報を見ると、大型の台風が発生していると報じている。連休に本州に接近しそうだ。
連休に雨か、と思うと朝酒が不味くなった。
山小屋の経営は、水物である。日銭商売である。悪天候が続けば宿泊者の数は激減するのだ。15年間経営しているので赤字の時の覚悟は出来ている。
今年は平年の三割程度の売り上げだ。もう絶望的と笑うより仕様がない。絶望から回帰してまた来年は希望を持たなくてはならない。
一日中雨だったが、二人の登山者が登って行った。
Κさんは明日下山する。
19時半消灯。

13日。雨
夜半に大降りになった雨は10時まで降り続いた。ずぶ濡れの登山者が一人だけ下山して行った。
朝食後に朝風呂に入ってから読書。
昼にビールを飲むとちょっと寒気がしてクシャミの4連発。身体もだるかったのでまた横になった。14時から夕食の用意を始める。今夜はスタッフ二人だけの食事だからね。カレーにした。
昼に止んだ雨が夕方にまた降り出した。
19時半、消灯。

12日。晴れ。
天気予報に反して、青空だ。碁友とスタッフのMさんが下山するので雨でないのは助かる。
5時に朝食開始。仙人とスタッフのΚさんは何時も通り朝酒。6時前に下山の二人は出発して行った。
朝飯を食いながら枕カバーの洗濯をする。7時半に洗濯は終わった。少し眠る。
11時に昼のビールを飲む。焼きそばを食ってから、読書を二時間。そしてまた眠る。
16時に風呂に入る。宿泊者は0人なのでゆっくり風呂を楽しんだ。
Κさんは18時半に就寝。冷凍庫のために19時半まで発電機を回す。美空ひばりの悲しい酒を見ていたので消灯が15分延びる。バッテリーをHさんが設置してくれたので重宝している。感謝。

11日。晴れ後曇り後晴れ。
天気が長続きしない。昼には日差しが無くなった。明日からは雨の予報なので登山者は少ない。7人が下山したきりだ。その分静かな山暮らしができる。決して喜ばしい事ではないが、街での騒々しい生活を思うと暇すぎる時間も良い!と感じる。が、暇つぶしをのんびりしていられる年齢ではないが……。
昼前に池の平小屋の八千代さんが訪ねて来た。仙人温泉小屋と池の平小屋との距離は徒歩2時間ほど。街では遠いと感じるけれど、山では至近距離なのだ。
ビール、日本酒、ワインを飲んで笑談していると、7年来の碁友が宿泊に来た。こうなるともう、昼飯どころではない。早速碁盤に向かって打ち出す始末。二局打って16時に風呂に入った。
少し眠った。17時に起床して夕食の用意をする。2ヶ月間無休で頑張ってくれたMさんが明日下山する。今日の夕食はささやかな感謝の気持ちを込めて、トンカツにした。
夕食の用意ができた18時からまた一局打った。20時に消灯をしてからはバッテリーの電源で終局まで打てた。楽しい一日だった。


10日。快晴。
天気が良いと朝は冷える。気温は13℃だった。
手伝いのボランティアは池の平まで散歩に行く。登山道の様子を見ながら、紅葉の具合も見て来ると言っている。7時に出発して行った。
小屋の入り口に方位盤を設置する事にした。方角が確認できれば登山者の役に立つのではか、とスタッフで話し合った。手頃な岩を安定させて上面を30センチの直径で円を磨き出す。自然の花崗岩なので、硬い。それなりの道具があるのでなんとかなる。半日で研磨は終了した。昔の人は花崗岩より硬い翡翠を磨くのにどんな方法で、どんな道具を使用したのだろうか、としみじみ思う。
昼過ぎから5人の宿泊者が到着した。さすがに土曜日だね。
夕食は17時半。
スタッフの食事は19時半から30分。大阪のNさんがカツオのタタキを差し入れてくれたので、日本酒が美味かった。
20時消灯。


9日。小雨。
3時に雨の音で目が覚める。また雨か、と思うと熟睡出来ない。宿泊者の食事は6時。一人分だから30分あれば用意できる。
宿泊者も雨模様の天気なので出発を躊躇している。朝食後、食堂でゆっくりしていた。8時過ぎると薄日が射すようになった。
今日も登山者は出発して行った一人だけ。
スタッフ三人で夕食時に酒を飲んで眠った。
20時消灯。

8日。雨。
深夜には星空だったが、夜明けとともに雨が降り出した。予報では100ミリの大雨だ。が、北陸地方は予報が外れている。降水量は50ミリ程度だ。
昼前に宿泊者が一人来た。登山者はその一人だけで、誰も通らない。
暇なので風呂でタライ酒を楽しんだ。しこたま酔って定刻の20時に寝た。

7日。晴れ後夕立。晴れた、と言っても何時雨が降るか解らない天気だ。
昨日、安曇野からボランティアの女性が一人来た。ナス、キュウリ、ゴ―ヤ、リンゴ、ナシ、トウモロコシ、納豆を持って来てくれた。
山小屋の食事は食材が限られているので単調になる。たまには変わった食材を担いで来て貰わないと、栄養が偏ってしまうのだ。
今日は登山者が一人もいない。9月初旬は例年暇なのだが、今年は別格だね。3年もこんな年が続くようだと、廃業を意識するようになるね。
20時消灯。

6日、晴れ後夕立。今年の前半は台風の発生が異常に遅いので、9月には大発生するだろうと云う予感はあった。覚悟はしていたが、毎日台風の雨が降っている。
12号が日本海で衰えたと思ったら直ぐに13号が日本の太平洋岸に接近している。また3日以上雨の日が続きそうだ。
登山者は4人通過すれば多い方だ。全く登山者の姿を見ない日もある。
こんなに営業成績の悪い年は初めてだ。
20時消灯。

5日。晴れ後雨。
今日の雨は纏まった雨だ。
昼までは晴れ間があったのに午後からは雨が止みそうにない空模様になった。けれど、雨に負けない登山者が二人宿泊した。
仙人はまだ食欲が無い。熱中症の症状をまだ引きずっている。幸いにして、ボランティアスタッフが二人いるので営業には差し支えない。
20時、消灯。

4日。晴れ後雨。
台風は九州地方の西岸をゆっくりと北上している。北の寒気と台風の暖気がせめぎ合っている。北陸地方の天気も急変する。
昼から雨が降り出した。かと思うと日差しが戻ったりする。
昨日の疲れがどっとでたので一日中寝て暮らした。食欲が無いので、ビールと日本酒を飲んで眠った。

9月3日。晴れ。
台風が熱風を運んで来る。暑い。とにかく暑い。雲切新道の登りが辛い。本日の天気予報では、熱中症の危険情報が発令されている。
無風状態の樹林帯の登りは呼吸が荒くなって苦しい。心臓の鼓動も急になる。限界まで歩いて立ち休みをする。イチ、ニ、三〜十まで数えて歩き出す。五分登るとまた立ち休み。ザックの中にはキャベツ、生ラーメン、納豆、ソーセイジ、ナスなどで満杯だ。どれも山小屋の必需品だから置いて行く訳にはいかない。
ブナ林を過ぎて針葉樹林に入ると、ぐっと涼しくなる。呼吸も順調だ。
適度に水分を補給してひたすら登る。この調子なら何時も通りの時刻に着きそうだ。

仙人温泉トピックス

小屋番日誌(2016.08.25-09.15)。
(小森武夫さん報告、2016年9月22日掲載)

















仙人温泉トピックス

仙人温泉小屋お手伝い報告
(大西さん報告、2016年9月14日掲載)

9月10、11日に仙人温泉小屋へ行って来ました。
今年は雪渓の通行止めが影響してか来客がかなり少ないようです。
下ノ廊下の開通の遅れも気になるところです。
今後の天気も雨が続くような様相ですが


仙人温泉小屋前のリンドウが綺麗に咲いています。
例年ならば9月末から10月始めに開花するのですが
今年は季節が2〜3週間早く進んでいます。
仙人谷の木々は雪解けが早かったことが影響してか
光合成によりたっぷり養分を含んで葉っぱに力強さが見られ
寒気が入れば素晴らしい紅葉になると高橋仙人が予想しております。



露天風呂のお湯の吹き出し口をイメージして改良致しました。
お客様からは壁が出来て落ち着いてゆっくり入れると好評です。




 

仙人温泉トピックス

小屋番日誌
「今日も暑い。
空を飛んでいる鳥が、焼き鳥になって落ちてきそうだ。」
(高橋仙人、2016年8月29日&9月3日掲載)

2日。快晴。
昨晩は虫の声が賑やかだった。明け方まで鳴き通しだった。20時前に眠ると1時頃に目が覚めてしまう。寝付けない時は風呂に入る。自噴している温泉なので24時間入浴可能だ。5時にも入った。
能登半島にもクマがいて田んぼの畔道を歩いていると宿の主人が言っていた。
15時半に宇奈月に着いて、スーパーで山小屋の食料を買った。宿でビールを2本飲んで風呂に入る。18時から夕食。日本酒を二合飲んで明日の鋭気を養って眠った。

(下界では稲が実っている。もう直ぐ新米が出回る。)

9月1日。快晴。
今日も風のない良い天気だ。夜は涼しくてぐっすり眠れたが、日中は気温が高くなる。予報では34℃と報じている。
10時半に温泉の許可申請をしている保健所に行く。窓口は黒部市の新川厚生センターの衛生課だ。
山小屋での風呂場は8月17日に検査済み。申請書も提出済み。今回温泉の分析書を提出して手続きは終了した。許可証は10月に下山した時に受け取ればいい。
午後からは石川県七尾市の湯川温泉に宿泊する。ラドンの含有量の多い隠れた名湯なのだ。田んぼに囲まれた環境も静かで良い。海に近いので刺身、焼き魚、煮魚はどれも美味かった。

31日。快晴。
台風一過の晴天だ。気温もぐんぐん上昇している。真夏の暑さが戻ったようだ。
今日は小谷村の風吹荘に宿泊して日頃のストレスを解消するつもり。食事の用意と片付けをしなくて済むだけでも気分は明るくなる。
山小屋と自宅の生活ではない気楽な暮らし。もうゴ―ルが見えて来た人生の貴重な一日だ。18時からの夕食を19時半に済ませて、すぐに眠ってしまった。

30日。雨後晴れ。
台風は三陸地方に上陸しそうだ。関東地方には大きな被害をもたらすコ―スではない。
夕方に山仲間と会食の約束があるので、自宅でのんびりした。
18時から21時まで旧交を温めて、21時半に帰宅した。

29日。晴れ後雨。
朝のうちは小雨だったが9時を過ぎると青空が見えだした。
1月28日に運転していた車の事故で免停処分を受けた。8月16日の講習会に出席すれば処分が短縮されて、免許はその日のうちに返してくれるらしい。会場は大宮だった。
自宅に出頭命令書が届いたのは8月2日。女房が山小屋に電話で知らせてくれた。すぐに講習会の担当者に山小屋から電話をして、山小屋を経営しているので8月末までは下山出来ない、出頭出来るのは9月になって
からだ、と云う旨の申し立てをした。状況は受け入れて貰えた。
所沢から電車を乗り継いで、2時間ほどで行けるのだが、乗り方が解らない。仕事も遊びも車を利用している。電車は一年間で3回利用するかしないかである。乗り換えが4回あるのも少なからぬプレッシャーだった。
講習は9時10分から16時まで。昼休みは60分、他に10分ずつの休憩時間が確保されている。
無事に免許を返して貰って自宅に帰ったのは18時過ぎだった。

28日。晴れ。
台風が接近しているが、天気は悪くない。夏の強い日差しが眩しい。湿度も高いので汗がジワジワ出てくる。疲れていたのでエアコンのスイッチを入れて、一日中自宅で寝て暮らした。

27日。雨。
台風10号が近づいている。28日に下山する予定だったが、一日速く下山することにした。
3時までは土砂降りの雨だった。が、4時には小降りになった。牛乳缶とパケットでの朝食で腹拵えをして、5時過ぎに下山を開始した。
思ったより天気は悪くなかった。登山道は小雨が降程度で、下山を辛いと思うことはなかった。
欅平、宇奈月駅。電車から車に乗り換えて自宅に向かう。高速道路では少し眠くなったが何とか無事に自宅まで帰り着いた。

26日。快晴。
朝食は4時。3時にMさんが朝食の用意を始めてくれる。若い頃は3時に起床して仕事をするなんて考えられないよね。それが出来るようになった。要するに、年を取ったと云う事だ。
5時半までに二人は出発して行った。もう恒例になった朝寝をする。
台風の動きが予測し辛いので28日の下山日を一日繰り上げて27日にする。
スタッフの小森さん、15時前に到着。その寸前に大粒の雨が降って来た。予報では明日の朝まで降り続きそうだ。
小森さんとは1ヶ月ぶりの再会だ。積もる話はあるが、20時になると眠くなる。
定時消灯。

(温泉の出湯口に石を積みました。8/26 8:08撮影)

25日。快晴。
昨日の夜に小雨が降った。今日の天気が危ぶまれたが、快晴だ。
宿泊者は5時前に出発した。札幌からの単独登山者だったので少し心配だったが、足取りはしっかりしている。
朝食後にちょっと眠るつもりが8時半まで寝てしまった。
調理場の改修工事を始める。壁を剥がして床張りの段取りが着いたところでMさんに任せる。
仙人は風呂場の石積みに取りかかる。昨日用意して置いた石を運ぼうとしたら左手の小指を石と石の間に挟んでしまった。準備運動無しだから痛い思いをしても仕方がない。
昼前に作業を終了する。予約は無いが登山者は来るかも知れない。汗をかいた登山者はまず風呂に入りさっぱりしたいのが人情ですからね。
15時半まで読書をしていると登山者二人が宿泊の申し込みに来た。小指が痛むのでMさんに夕食の用意をお願いして別室で休憩をする。
ビールと日本酒を飲んで就寝。20時消灯。

24日。晴れ。
今日は調理場の食器棚を仕上げようと思う。スタッフだけの朝食を済ませて作業開始。食器をカゴに入れて食堂に移動する。
調理場の作業はMさんに任せて、仙人は風呂の石垣造りに取りかかる。本日は予約があるので風呂場の作業は13時を限りとする。
昼までは晴天だったので力仕事は汗が出る。12時半に仕事を終えて清掃をする。Mさんの作業は16時頃までかかりそうだ。
13時半、予約者が到着。本日の食事は仙人が用意して、Mさんには棚造るりに専念して貰う。
汗にまみれた身体を風呂で清潔にしてから夕食の食材を調理する。一人分なので余裕がある。
17時半に夕食スタート。宿泊者は疲れているので18時半に夕食が終わった。少し飲んで、20時消灯。

(リンドウの花が咲き出しました。平年より20 日はほど早い。8/24 10:43撮影)

23日。雨後晴れ。
午前2時になると、目が覚める。65歳を過ぎると8時間は眠っていられない。残り少ない人生を惜しむあまり、睡眠時間を無意識に削っているのだ。
2時にトイレに行くと、雨が降っていない。星が出ている。台風は北陸地方から遠ざかっているようだ。
朝食は4時だったので3時起床。炊飯器のスイッチをオンにして味噌汁を作っていると、強い雨が降って来た。
宿泊者は4時に食事を済ませて、しばらく雨の様子を見ると言う。雨の中を歩くのは憂鬱だよね。
8時になると雨は止んで青空が見えて来た。宿泊者は晴ればれとした顔で出発した。
本日の予約は無い。調理場の床を改修する絶好のチャンスだ。営業しながらの改修工事は時間の制限がある。遅くとも15時半までには作業を終えて、調理を開始できる状態に復旧しなければならない。けれど、宿泊者がいなければ、作業に集中できる。
夕方まで作業をして17時からスタッフ二人で食事をする。疲れが出て、20時の消灯前に布団に潜り込んだ。

22日。晴れ。
台風9号が湿った南の暖気を運んで来る。山小屋でも暑い!と感じる。9時の室内は24℃。涼しい環境に慣れた身体には応える。
宿泊者の食事は6時だった。3時に起床しなくても良いので精神的に楽だ。
北陸地方は15時頃から雨が降り出す、と予報官が言っている。台風の雨なので降水量は200ミリに達するらしい。谷に架けた橋が流されるかも知れない
14時に大粒の雨が落ちて来た。朝に真砂沢ロッジから電話予約のあった二人組が心配だ。
15時、予約の二人が到着。少し雨に降られたが、大過なしで良かった。
20時から白山のカモしかの生態を四季に渡って撮影した番組があったので、消灯は9時に延期した。

21日。曇り。
今年の前半は台風の発生が極端に少なかったので秋にまとめて発生しそうな気がしていた。多分、年間の降水量は決まっていて、前半少なければ後半が多くなってバランスを保つのだろう。
台風6、7、8、9、10、11号が10日間に発生している。何れも関東地方から東北地方の太平洋岸を北上している。北海道は台風の雨で河川が決壊している地域もある。9月の連休中に北陸地方を席巻して行く台風のない事を祈るのみである。
昼過ぎに明日の予約者がキャンセルの電話をかけて来た。北陸地方も明日、明後日は雨の予報なので登山を中止する人が多い。14時に本日の予約二人組がドタキャン。天気が下り坂だから仕方がない。15時半に予約者が到着。本日は一人だけの宿泊だ。Mさんに夕食を任せて横になる。
19時まで眠った。年齢のせいか、ウトウトする時間が多くなった。
夕食はラーメンを食った。昼過ぎに高校野球の決勝戦を観ながら飲んだために、夜は飲む気がしなかった。
サッカーの決勝戦も観たので消灯は20時半になった。

(仙人の朝飯。7/21 7:26撮影)

20日。晴れ。
今日は布団干しだ。と思ったら8時過ぎに少し雲が出てくる。宿泊者の布団は日を改めて干すことにして、自分達の布団を干して様子を見る。
日差しが時々雲に遮られたが11時まで干して部屋に収納した。昼飯の用意をしていると、ぱらぱらと雨が降って来た。屋根一杯に布団を干していたら忙しい思いをしたね
高校野球の準決勝戦を観てビールを飲む。甲子園は37℃の猛暑らしい。鍛えられた高校生だから耐えられるが、普通の社会人なら倒れるだろう。
15時に予約者が到着。16時までに到着してくれれば食事の用意はスムーズだ。
本日は夫婦二人だけの宿泊なので、夕食までゆっくり温泉を楽しんでもらった。
20時消灯。

19日。晴れ後曇り。
早立ちの人の食事は4時。その用意をするのには3時起床だ。まだ寒くはないので辛くはない。5時半に登山者が出発したので、少し朝寝をする。
Mさんは調理場の改修工事を始める。仙人はヘリポ―トの材木を小屋まで担ぎ下ろす。久しぶりの力仕事なので肩が痛む。材木整理を終えて、長い休息をした。
午後に読書をしていると山口県のSさんが到着。今日も来客があった。
夕餉時に三年前に来泊した時の写真を見たりして旧交を温めた。
20時消灯。

18日。晴れ後雨。
11時までは晴れていたが、昼前に雨が降り出した。雨の中をテント泊装備の女性が宿泊を申しこんで来た。
四国の人で、山歩きが大好きなんだって。富山県から静岡県まで走る山岳レースに女性としてたった一人参加したそうな。世の中には目を丸くしてしまう人が結構居る。
話が盛り上がったが、20時消灯。

17日。雨。台風7号が関東地方に接近している。大雨注意報が関東、東北、北海道地方に出ている。仙人谷も今日は小雨が降り続きそうだ。
予約の親子が15時に到着。ほどなくして素泊まりの男性も到着。夕餉時の歓談を終えて、眠りに就く。20時消灯。

16日。晴れ。
朝から気持ちの良い晴天だが、予報では夕方からまた雨になりそうだ。
5時から8時まで発電機を回してオリンピックを観る。
8時を過ぎると気温は急上昇。外で作業をすると汗が吹き出す。夏が復活したようだ。
14時に山口県の常連さんが到着。三年前の事を話していると少しずつ記憶がよみがえって来る。夕食時に話が弾んだが、消灯は定時の20時。

15日。曇り。
宿泊者の朝食は5時。天気は下り坂だが薄日が射している。予報は台風6号と7号が接近しているので大雨に注意を喚起している。
色々、様々なストレスは山小屋まで付き纏って来る。晴天の日ばかりではない。雨の日が三日も続けば雲切り新道から登山者の姿は消える。山小屋は開店休業に等しい。
雨は10時に降り出した。トタン屋根に雨粒が弾ける。衛星テレビも電波障害で映らない。
遅い昼飯を食い終わって身を持て余していると、登山者が到着。嬉しい。
15時になると晴れ間が戻った。どうやら台風は北陸地方にには接近しそうもない。
何時も通り20時消灯。

14日。晴れ。
昨日温泉の点検をしたので、お湯は安定している。が、水のパイプにバルブを付けるとすぐにパイプが外れてしまった。夕方にも外れたので少し慌てた。
今日は水の調子も良い。雪不足と雨不足だが水量は安定している。このまま下山日まで無事でいてくれる事を祈るばかりだ。
11時に予約の宿泊者が到着。温泉を楽しみながら登山をしていると言う。山と露天風呂。日本人の心は秘境の温泉で癒やされるのだね。
テレビでオリンピックを観て20時消灯。

13日。晴れ。
カラッとした晴天が続いている。天気は良くても登山道の状況が良くないので、心はジメジメしている。
昼過ぎに電気工事のHさんが到着。不良配線を安全な設備に改善してくれた。
予約の三人が食事をしていると、予約の無い登山者二人が到着。食事の用意が忙しかった。
20時消灯。

12日。晴れ。
台風の影響で崩れた天気も安定した。朝から暑くなりそうな晴天だ。
昨日届いたカツオとイカの刺身で朝から飲み始める。山小屋暮らしでは生魚が何よりのご馳走なんだ。
刺身が美味いので大分飲み過ぎた。登山者もいないので昼寝をゆっくりした。
夜はアルコールを絶った。飯も食わなかった。たまには胃袋を休ませないと、胃潰瘍になってしまう。
20時消灯。

11日。晴れ。
驚いた。6時半に偵察のヘリが飛来した。山の天気午後になると急変する時がある。今晴れていても昼過ぎには雷雨になる事もある。
7時に電話があってこれから荷物を届けます、と連絡があった。
「助かる、涼しい朝に荷物を運び下ろせれば身体が楽だ
8時過ぎに荷物は届いた。Mさんと手分けして昼前には小屋に収納できた。やれやれだ。
ビールで乾杯をしていると、大阪の大西さんと名古屋の君ちゃんが到着。そこで、再度乾杯。
少し飲み過ぎたが、8時消灯。

(ヘリが荷物を運んで来ました。8/11 7:33撮影)

10日。晴れ時々曇り。
早朝は素晴らしい天気だった。これならヘリは飛んで来るだろう、と思ったが連絡が無い。10時半に民間のヘリが室堂に向かうのが見えた。が連絡は無いし爆音も聞こえない。
昼を過ぎると雲が2000メートルまで降りてきた。14時半に荷上げ開始の電話があった。仙人谷は雲が充満していてヘリが飛べる状況ではない。結局荷上げは中止になった。
明日こそ、と思って20時に就寝。

9日。雨。
3時前に雨が降り出した。強い雨ではないが、視界は50メートルもない。これではヘリの荷揚げはできない。明日に順延だ。
欅平に向かう宿泊者は4時に朝食。5時前に出発して行った。連泊の登山者は7時半に池の平に向かった。

8日。晴れ。
山小屋の夜は涼しい。毛布と薄い布団を掛けて6時までぐっすり眠った。
8時からヘリで返送する荷物の整理をする。ヘリポ―トは炎天下なので作業中は汗が出る。明日が荷揚げの日なのだが、台風が関東地方に接近するので、天気が崩れそうだ。
昨日の疲れが残っているらしく身体がだるい。夜まで休息をする事にした。

7日。快晴。
仙人谷の登山道は9時を過ぎると猛烈な暑さになった。顔面の汗が止まらない。高気圧が停滞しているので風がない。
熱中症にならないように水分を補給してゆっくり登る。木陰の道は少し涼しいが、尾根の道はさながら炎熱地獄だ。息が上がって苦しくなる。心臓の鼓動が急になりだすと少し休息をする。鼓動が落ち着くと歩き出す。その繰り返しで二時間登るとピークに着いた。
小屋までの下りは息苦しいことはない。順調に30分下って小屋に帰り着いた。正午だった。
小屋の中で休息をしていても汗が止まらない。これは熱中症の初期症状だ、と思った。
汗に濡れた服と下着の洗濯をして、布団で横になった。夕方まで休息をして、夕食は冷たいソーメンを食って眠った。
20時消灯。

6日。快晴。
今日も暑い。空を飛んでいる鳥が、焼き鳥になって落ちてきそうだ。
上市町に以前小屋開けを手伝ってくれていた人の家を資材置き場に使わせて貰っている。ヘリは室堂から飛ぶ。室堂まではアルペンル―トの立ち入り許可証を持っている運送会社が輸送を専門にしている。山小屋の食料品、燃料、木材は立山町の運送会社に運べば室堂からのヘリの便に間に合わせてくれるのだ。
15時に資材の梱包と運搬を終わらせた。

5日。快晴。
この夏一番の暑さだ。朝から汗が流れる。
荷上げの品物の買い出しに走る。車内はエアコンなしではいられない。今までが思ったよりも涼しい夏だったので34℃の暑さに身体が順応できない。無理をしないで2日間かける積もりで作業を切り上げた。

8月4日。晴れ。
太平洋高気圧ではないが、日本海高気圧に北陸地方は覆われて暑い。5時過ぎに下山開始。15分の登りで汗が身体中から吹き出す。去年痛めた左足の調子が悪い。臀部から膝にかけて痺れる。
下りになると左足で踏ん張れないためにバランスが良くない。よろめく事、しばしば。年齢のせいもあるが、ちょっと自分自身が情けない。
その日の晩は足の筋肉痛で夜が辛かった。


仙人温泉トピックス

仙人温泉小屋お手伝い報告、続き
(大西さん報告、2016年8月20日掲載)

報告の続きでございます。

12日の昼頃に高橋仙人とスタッフ一同は小屋のデッキで休憩タイム。望遠レンズで後立の稜線、特に賑やかな白馬三山を観察していました。


杓子岳


天狗ノ頭


お盆の期間中お手伝いに来てくださった女性スタッフです。


小屋の電気工事に来て頂いた仙人温泉小屋の堀江顧問です。発電機回さなくてもテレビを見れるようにして頂きました。高橋仙人これで高校野球にオリンピックが見られるとご満悦でした。


北海道の女性三人組Iさん、Hさん、Nさん剣沢からお疲れ様でした。4年前に来て頂いて再来と言う事でした。
ありがとうございました。


平ノ小屋から仙人温泉小屋へ18時30分頃到着、大変びっくりしました。昨年9月に来て頂いたN夫妻でした。
再会嬉しかったです。
ありがとうございました。

仙人温泉トピックス

仙人温泉小屋お手伝い報告
(大西さん報告、2016年8月16日掲載)

8月11日から14日までお手伝いに行って来ました。
12日から剣沢雪渓が開通になり13日からは登山者が増えています。

8月11日、朝から雲切新道で向かいました。
曇り空で2週間前よりは涼しい登山でした。
剣沢雪渓の通行止めが影響してか出会った登山者は1名のみでした。


雲切新道は8月なのにキノコが目立ちます。


夕方の仙人谷

8月12日の午前に警備隊からの連絡により剣沢雪渓の通行が可能になった事を受け露天風呂の掃除に数百m離れた仙人岩屋の掃除に出かける。
昨年は小屋の補修で手を取られ仙人岩屋は2年振りの掃除となりました。


仙人岩屋入り口


ヒカリゴケ
(ヒカリゴケの面積がかなり少なくなりました。見学時には足で踏みつけないように注意を宜しくお願い致します)


祠奥に設置された石仏
(石仏は南北朝時代に人力により担ぎ上げられた物と思われている)


剣岳を模した山伏による彫刻


仙人岩屋の説明文

仙人温泉トピックス

小屋番日誌
(高橋仙人、2016年8月7日掲載)

8月3日。晴れ。
唐松岳に雲がかかっている。あまり良い天気とは言えないが雨は降っていない。
朝食後、まだ開放していない押し入れの整理をした。古い毛布と布団は焼却処分をする事にして、使える物だけを残した。
14時半にTさんが到着。担ぎ上げて貰った野菜を受け取って、本日の作業は終了。4時間ほど歓談をして消灯。


8月2日。曇り。
今日は何時雨が降り出してもおかしくない天気だ。布団がまだ半分干せていないのでもどかしいが、仕方がない。
9日のへりで荷揚げする食材を確認して業者に電話をする。天気と登山道が安定しないのでへりを頼むのにちょっとためらいがある。
14時から雨になった。16時過ぎに宿泊者が一人到着。
警備隊から登山道を通行止めにした旨の電話があった。


8月1日。快晴。
久しぶりに朝から良い天気に恵まれた。今日は布団が干せる、と確信が持てた。
トタン屋根が熱くなった8時半からMさんと手分けをして布団を干す。屋根一杯に布団を広げるのに2時間かかった。
天気予報では午後に急な雨が降ると云うことだったので、13時に布団を室内に格納した。予報通り15時半から雨が降り出した。
山岳警備隊から電話があって、剣沢雪渓が危険な状態になったので、登山道を閉鎖したい、と云う旨の電話が昼時にあった。


7月31日。晴れ時々曇り。
流しのお湯が出ないので源泉まで行って調整をした。二時間の作業でお湯は万全の状態になった。
10時から洗濯をして少し早い昼食にした。
昼寝をしたら夕立があって目が醒める。登山道の雪渓が悪いので、午後は人通りが絶えた。


7月30日、曇り。
今日も布団は干せる天候ではない。
登山者も極端に少ないので開店休業状態だ。
細かい片付けをして昼からは休養。
夕方に県警の救助隊から電話があった。雪渓の状態が悪いので登山道を通行止めにしたいと言う電話だった。昨年は残雪が多すぎて通行止め。今年は雪渓が少なすぎて通行止め。自然の成り行きに委ねるしか方途がない。


7月29日。晴れ後曇り。
朝は陽光が降り注ぐ晴天だったが、9時頃から陽が陰った。布団を干す予定だったが中止して、シ―ツの洗濯だけにした。
MさんとTさんにフキを採りがてら温泉の様子を見てきて貰った。本日は流しにお湯を引く工事を済ませる予定。
細かい仕事を済ませてお湯の工事を終わらせた。16時過ぎに欅平からの登山者が到着。夕食の用意を始める。
剣山荘からの二人組が到着したのは17時半過ぎ、ちょっと遅い。
19時半まで歓談して8時、消灯。


7月28日。曇り後晴れ。
どうやら本格的な梅雨明けのようだ。が、まだ布団を干せる天気ではない。湿気が多すぎる。
昨日のトイレ工事を続行する。11時に洋風便器は使用可能になった。
昼前に夕食のモツ鍋の調理を始める。
仙人峠まで登山道の状況を見に行ったTさんが昼を過ぎても帰らない。Mさんと昼食を済ませる。
宿泊者が一人だったので、夕食はMさんとTさんに任せた。17時半、夕食開始。食後のコーヒ―を飲んで消灯。


7月27日。雨。
4時まで激しい雨。遠雷の音が時折聞こえる。
水の出が悪い。雨の様子を見て修理に行こうと思う。お湯も止まってしまった。
8時に橋が心配なのでMさんに様子を見てくれるように頼む。Mさんは橋の点検を終えたその足で、お湯の修理をしてきてくれた。
9時からMさんと水の修理に水源まで行く。大雨でパイプが詰まっていただけでした。
小屋に帰り昼食を済ませて少し横になった。
午後は和風便器を洋風に改造する工事に着手した。仙人とMさん、Tさんで16時まで作業をすると急に激しい雨夕立になった。その日の作業は中止して夕食の用意をした。
20時消灯。


7月26日。雨。
深夜に目が醒める程の雨音。Tさんが上山する日なので心配になる。
朝食を終えても雨は降り続いている。本日の作業は中止として休養する事にした。
Tさんが14時前に到着。1ヶ月ぶりの再会だ。荷揚げしてくれたトマトを肴に飲み始める。美味い、の一言に尽きる。
夜はカレーとキュウリ揉みで酒を飲む。20時消灯。


7月25日。曇り後雨。
小森さんが下山した。
西側の通路に屋根をかけて、燃料置き場を造った。
昼にパラパラっと雨が降った。
19時過ぎに本格的な雨になった。
20時消灯

(7月10日〜24日の日誌はこちらをご覧下さい。)

7月9日。雨。
強い降りではないが止みそうもない雨。だからと言って、作業を休む事はできない。
雨具を着て水引の工事に取りかかる。
イヤーの伸ばし作業を終えたところで雨が強くなった。
ラーメンライスで消灯。


7月8日。曇り。
梅雨が明けたような天気。とにかく暑い。
旧道が使えないので雲切新道から仙人温泉小屋を目指す。無風状態なので汗が止まらない。息が上がって心臓が苦しくなる。
13時30分に小屋に着いた。水が止まっていたので修理に行く。
その日はそれで作業を終えた。

仙人温泉トピックス

小屋番をしました。
(田中さん報告、2016年8月7日掲載)

 8月3日から5日まで、小屋に行って来ました。。
剣沢雪渓が2日付で通行困難となり、3日からは剣沢方面から下って来る登山者の姿を見かけなくなりました。
 祖母谷温泉から阿曽原温泉に泊まり、登山計画を変更して4日に仙人温泉で1泊、翌日に欅平まで下山する方は、好天気と温泉を独り占めできたようです。
 4日にヘリの荷を手配するために高橋仙人が下山し、スタッフ3人で小屋番をしました。

(下山する高橋仙人 8/4 5:08撮影)


(小屋番の3人 8/5 5:38撮影)

 食堂の1角にあった冷凍庫を台所へ移動する工事をしました。

(冷凍庫を食堂から台所へ移動 8/4 10:32撮影)

食堂がスッキリして、やや広くなりました。
今回も、朝焼けの湯(5時前)を堪能しました。

(朝焼けの後立山2 8/4 4:50撮影)

仙人温泉トピックス

小屋の手伝いをしました。
(田中さん報告、2016年8月1日掲載)

7月26日から30日まで、小屋の手伝いをしました。
登山道では、雪渓に注意してください。
仙人池〜仙人温泉間にある雪渓は最下流の1ヵ所のみです。

現在は雪渓上を歩けます(傾斜がありますので、アイゼン装着がお勧めです。早朝は凍っていて滑りやすいです)が、やがてブリッジになります。
上を通過する際は、雪渓の厚さを見極めて、クラックや薄い部分に乗らないようにしてください。
下を通過する際は、留まらず慎重に抜けてください。
小屋では、朝焼けの湯(5時頃)が気持ちいいです。

しかし、27日の未明に大雨となり、湯が止まり、水の量が減りました。そのときは朝風呂をあきらめました。午前中に復旧させています。
なお、和便器を洋便器に変えました。これで、和便器はなくなり、洋便器2個体制です。

洋風便器設置準備中の仙人

洋風便器設置完了です。

仙人と3人のスタッフ(7月28日時点)

仙人温泉トピックス

小屋番日誌(2016.07.08-07.25)。
(小森武夫さん報告、2016年7月31日掲載)


仙人温泉トピックス

7月10日仙人温泉小屋にボッカしてきました。
(大西さん報告、2016年7月18日掲載)

7/10日に仙人温泉小屋へボッカして来ました。
朝から晴天で日差し強く休憩ばかりしていました。
雲切新道の鎖場稜線からの白馬岳です。
雪がほとんど見られません
例年ならば8月の景色です。


第4梯子の手前で朦朧としながら仰向けになって休憩中に黒い影が上空旋回
一気に目が覚めました。
餌の対象にはなっていないと思います。

天然記念物のイヌワシ


小屋覗きに13時頃到着、宿泊棟2棟はまだ完成していません


仙人谷の雪渓は無くなってしまいました。


ヘリの荷揚げがこの日の朝に完了したと言う事でした。
高橋仙人、荷物を小屋へ運んで頂いています。
小森さんと三浦さんはお湯を届ける作業中で姿が見えませんでした。


15時20分に開通です。
高橋仙人ご満悦です。


小森さんと三浦さん早朝から悪戦苦闘で頑張って頂きました。
今年は雪渓がまったくないので急登の作業が大変だったと思います。

CA3I0173
今年から設置した鐘です。

今週末連休に宿泊して頂けるように高橋仙人スタッフ一同は急ピッチで作業をしています。

仙人温泉トピックス

エッセイ
あわや「ニホンライチョウ」逆転満塁ホームランとなるか
(小森武夫さん、2016年7月18日掲載)






仙人温泉トピックス

2016年小屋開け、その2
(大西達矢さん報告、2016年6月21日掲載)

18日の朝は大陸高気圧が張り出し爽やかな晴天です。
仙人ダムから9時頃、雲切新道へ出発しました。
(雲切新道登山口の橋は7月中頃架橋されます)
ダム正面の雲切谷は全く雪がありません
8月の景色の様相です。


今年初めての雲切新道は雪が少なかったせいか目立った倒木も無く荒れていませんでした。
登山道の開通は例年よりも早くなる事が予想されます。
(雲切新道登山口の橋と二股吊橋架橋以降が開通となります)
雲切新道登山道入り口付近の開花したササユリ(1ヶ月早いです)


夏のような日差しでバテ気味ではありましたが
12時半頃、「小屋覗き」に到着、予想通り雪がありません、例年の8月頃の景色です。


8ヶ月振りの仙人温泉小屋は見る限り傾きも無く目立った傷みも見られません。
昨年の9月より雪がありません
6月に仙人谷の沢が現れていたのは高橋仙人が小屋を始めてから初めての事だと言う事です。
雪渓が一昨年の雪と今シーズンとの雪とでツートンカラーになっています。


ブリッジが薄い状態でしたので沢を渡渉しました。
左の白い雪が今シーズン、黒っぽい右が一作年の雪です。

13時15分小屋到着、8ヶ月振りに高橋仙人の我が家へ帰って来ました。小屋は全く傷んでいません綺麗です。


立て掛けていた梯子も倒れていないことが積雪少なかった事を物語っています。


昨年の小屋開けで屋根まで雪が残り掘り出した作業が嘘のようです。
小屋の壁のトタンを剥がし打ち付けた板を外し中に入ると驚きました。
例年よりも小屋閉め早かったので当然テンとネズミが荒らしている物と思っていました。
8ヶ月前に閉めた時の状態がそのまま保たれていました。
カビもほとんど生えていません

祝杯を挙げてからこの日の一番の大事な作業、水引インフラ整備でした。
雪解け早く雑草に山菜は伸びきった状態で約1Km弱離れたジャングルと化した水場からのパイプ引き作業は、例年よりも困難を極めました。
藪で悪戦苦闘の小森さんです。


3時間かけてようやく小屋に水が届きました。


今年から初めて小屋開けに参加した三浦さん。
水引作業で蚋と糠蚊、やぶ蚊の襲撃で腕と顔をやられてしまいました。予め対策を立てているのですが、経験無いとこの様な姿になってしまいます。


この日は雲切新道と水引作業で流石に疲れました。ドラム缶風呂で汗を流し酔いが回ると泥のように眠るだけでした。


気温は17℃、下界でのエアコン生活よりも快適なのは言うまでもありません。
以降の報告は小森さん、三浦さんに引継ぎ致します。

仙人温泉トピックス

2016年小屋開け、その1
(大西達矢さん報告、2016年6月20日掲載)

小屋開けは17日から高橋さんと宇奈月から始発で出発です。
この日の宇奈月駅は雨足激しく工事関係者以外観光客もほとんどいません
仙人谷から旧登山道で向かいましたが
(毎年雪渓の残る6月のみ旧道を使わせて貰っています。)
仙人谷雪渓の見える所に来てびっくりしてしまいました。
雪がありません、沢が流れています。


雪渓取り付きポイントが大きく崩落していました。
旧夏道を迂回する事などを考えましたが
崩落激しく迷わず断念しました。
今年の黒部は昭和14年以来の雪の少なさとは聞いていましたが
このような状況まで予想はしていませんでした。
昨年の大雪と言い想定外の事が続きます。



クマが幹の皮を剥いだ跡です。

樹齢数百年の杉の木を見上げる高橋仙人



旧道の下山途中で2時間遅れのスタッフ3人と合流しました。
翌日に雲切新道から5人で再チャレンジです。今宵の泊まりは欅平に戻って祖母谷温泉としました。




この日は祖母谷温泉に5人で宿泊して英気を養いました。
ようは温泉に入って大いに飲むと言うことです。。



翌日(18日)以降の報告は後ほど致します。
お待ち下さい。

仙人温泉小屋について 
仙人温泉小屋は、秘境・黒部の中でも最も奥深い位置にある。阿曽原温泉から剣岳への北方稜線には阿曽原温泉小屋、仙人温泉小屋、仙人池ヒュッテ、池の平小屋、と4つの小屋があるがそのどれもが環境とともに個性豊かな山小屋と言わざるをえない。剣沢が喧騒の時期にも、この周辺に訪れる登山者の数は極端に少なく、静かな山旅を楽しむことができる。仙人池から1時間半下ると、仙人温泉の露天風呂が待っている。仙人ダムからだと3時間の登りとなる。
 仙人温泉小屋では欅平まで下山する登山者のために早朝4時から朝食を提供しており、大変ご好評をいただいております。 このコースを歩く方は入山3日目くらいで、ちょうど疲れがピークになる頃。しかもこの先の雲切新道は急な下りです。おいしい食事と温泉と睡眠で疲れをとって欅平まで安全に下山して下さい。
仙人温泉小屋概要
場所 富山県黒部市宇奈月町黒部奥山仙人谷に位置する。
電話

080−1965−7054(2016年より新規衛星電話)

営業期間 本年度の営業は10月11日で終了しています。
宿泊料金
  • 一泊二食付き ¥9,500._(入湯料込み)
  • 一泊一食付き(夕食付き、朝食なし) ¥8,000._
  • 素泊まり   ¥6,000._
テント場 ありません。(幕営禁止です)
入湯料金 本年度は日帰り入浴をお断りし、宿泊者のみの利用とさせて頂きます。
アクセス方法 @★★宇奈月〜(黒部峡谷鉄道)〜欅平〜(下の廊下)〜阿曾原〜仙人ダム〜(雲切新道)〜仙人温泉小屋(朝一番に宇奈月駅を出発して、健脚で15時到着です。最も早いルート。)
 
A★宇奈月〜(黒部峡谷鉄道)〜欅平〜(下の廊下)〜阿曾原小屋泊〜仙人ダム〜(雲切新道)〜仙人温泉小屋(阿曽原に宿泊すれば余裕です。)

B★室堂〜剣沢の小屋泊〜(剣沢経由)〜真砂〜二股〜(仙人峠経由)〜仙人池〜仙人温泉小屋
 
C★★★室堂〜剣沢の小屋泊〜北方稜線、剣岳経由〜池の平小屋〜仙人池〜仙人温泉小屋
 
D★★黒四ダム〜(下の廊下)〜十字峡〜仙人ダム〜(雲切新道)〜仙人温泉小屋(朝一番の扇沢発トロリーバスで黒四ダムに出ます。健脚で16時到着です。)

E★★黒四ダム〜(下の廊下)〜内蔵助出合〜ハシゴ谷乗越〜真砂沢ロッジ泊〜二股〜仙人新道〜仙人峠〜仙人池〜仙人温泉小屋

F★★★馬場島〜早月小屋泊〜剣岳登頂〜北方稜線〜小窓〜池の平小屋〜仙人池〜仙人温泉小屋

(注、下の廊下、水平歩道の通過状況は、チーム阿曽原(阿曽原温泉小屋)が詳しく写真を掲載しています。ご参考になさって下さい。)


★は難易度を表します。
★:最も容易なルートです。
★★:健脚向きです。
★★★:岩稜歩きがあります。
 
連絡方法 小屋の予約、情報については衛星電話(上記)が使えます。
遅く到着する際などは、予め連絡してください。
その他の連絡方法。事前の予約などにつきましては、下記の電話かメールでも可能です。
高橋重夫(経営者)自宅0429−22−9968(FAX兼用)
kurobenosennin@docomo.ne.jp(携帯メール
kurobenosennin@sennin.serveftp.netPCメール
経営者の紹介 高橋重夫
〒359-1145 埼玉県所沢市山口1575-22
元新座山の会会員、クライマー、著書に「阿賀野川全水系」他渓流釣りの著書あり。
本職は設備工事業、縁あって2002年より仙人温泉小屋の経営を引き継ぐ。
小屋には 高橋重夫、私が居ます。このページの来訪者数です。

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