「2012年の仙人温泉小屋開け」

田中 正祐紀


小屋開けとは、どんなことをするのか。どんな人たちが集まるのか。 それを体で知りたくて、初めて参加した。 人が動けば何かが起こる。起こったことのいくつかを、ここに記しておきたい。

 6月22日(金)から24日(日)までの2泊3日の日程に参加したのは、 主人も含めて男だけの7名だった。
 仙人温泉小屋に行くルートは2つある。 1つは宇奈月温泉から入るルートで、宇奈月発7時のトロッコに乗ると、9時に仙人ダムに着いて、旧道を登って12時頃に小屋に到着する。 もう1つは扇沢から入るルートで、9時のトロリーバスに乗ると、仙人ダムに11時半、旧道を登り、2時半頃に小屋に到着する。 宇奈月ルートは、主人、大阪の大さん、富山の野さん、豊さんの4名で、 扇沢ルートは、東京の掘さん、長野の原さん、群馬の田さんの3名に決まった。

 22日は朝から雨だった。土砂降りの群馬路は、スピードを出すと車が浮くような感じだった。 長野に入ると小降りになったが、雲は低く垂れ込めている。 大町で雨があがり、約束の8時半に扇沢に到着。 遅刻者もなく、3人は5日間有効のトロリーバス往復乗車券を買い、9時の便に乗った。 20分で黒四ダムに着いて、50分の待ち時間があり、ダムの流木すくいを見ていた。 なにもかも順調で余裕の表情だ。
 時間になったので業務関係者専用のマイクロバスに乗ると、 運転手が「インクライン注1)の工事ですか」と聞く。 ヘルメットの「仙人温泉小屋」の文字が見えなかったのかと思い、 仙人ダム経由で小屋開けに行くと伝えると、 「今日からインクラインは工事で動きませんよ」との答え。
こういうのを町の遭難というのだろうか。 目の前にあった小屋のイメージが急速に遠ざかり、 「今日は、もう小屋に行けない」「主人が心配する」「小屋開けの仕事ができない」「どこに泊まろうか」 こんな言葉が頭の中をぐるぐる回る。
 運転手が我々の様子を察してくれて、事務所に聞きに行ってくれた。 戻ってきた運転手は「やはり今日から7月13日まで点検工事なので通れません」と一言。
 これを聞くや3人は運転手に礼を言って、マイクロバスを降りた。 どう考えても宇奈月から行くしかないのである。 さっき買った往復乗車券をこんなに早く使うなんて、侘し過ぎるが、感傷に浸っている暇はない。 扇沢に戻るまでのトロリーバスの中が作戦会議場になり、 宇奈月に2時半までに行ければ、仙人ダム5時で、今日中に小屋に着けることがわかった。
 堀さんの車に相乗りして、交互に運転しながら、糸魚川から高速を使って宇奈月に向かった。 宇奈月で昼食を取り、目的のトロッコ列車に乗り、暮れゆく雪渓を登り、 3人は7時20分に無事小屋に着いた。
小屋開け1日目の仕事(水の確保など)は4人がやってくれて、遅れてきた3人を宴会という形で迎えてくれた。 待つ方も心配だった。旧道注2)の雪渓に落ちたかもしれないということで、むかえに行く準備をしていた。 もしやと思った主人が発電機を回して電話を使えるようにして間もなく、電話が鳴った。
3人が宇奈月から小屋に向かっていることを原さんの友人が伝えた。
宇奈月を過ぎたら、携帯は圏外となるので、原さんが4時を過ぎたら定期的に小屋に電話をするようにと友人に頼んだのがよかった。 早く着いた4人は雨の中を登り、ずぶ濡れになった。 遅く着いた3人は雨には降られず、日が長いためにヘッドランプも使わずに済んだ。 神様の粋な計らいで、波乱万丈の1日目が終わった。

 2日目は、朝からよく晴れた。残雪の白馬や唐松岳がくっきりと見える。 温泉を引いて風呂に入りたい。このために7人が集まったと言っても過言ではない。 実は、昨年は小屋開けのときに温泉が引けなかった。 今年は、熊やテンで荒らされていないし、人手も天気も見方してくれている。
源泉は谷の向かい側にあり、谷の両側から湯のパイプをワイヤーで吊って、お湯を運ぶ。 源泉と露天風呂がパイプで直結しているので、源泉掛け流しだ。 なお、谷川は雪渓で埋もれているので、水に濡れることはない。 先ず、源泉が溜まるように、スコップを使って砂と岩でダムを作る。 次に、両脇にあるワイヤーを崖から雪渓の上に引っ張り下ろす。中央でワイヤーを接続。 それから、パイプをワイヤーに沿って下ろし、パイプとワイヤーを番線(細い針金)で接続。 番線は手間が掛かるので、今年は堀さんの新兵器を一部テスト使用した。 電気工事で使っている「うずまき状のプラスチック棒」だ。確かに簡単だ。
パイプには湯垢が溜まっているので、水を流して洗浄すると、 昨年の営業期に溜まったドロドロの湯垢が流れ出る。 これをしないと、抵抗が強くて湯が途中で止まる。 今回は小屋側のパイプは新品なので、源泉側のパイプを洗浄した。 さらに源泉側はパイプの長さが足りず、古いパイプを15mほど継ぎ足した。
雪渓中央でパイプを接続してから、ワイヤーを張る。 これには、チルホール(手動ウインチ)を使う。 固定端は、ダケカンバの木と岩だ。木の根の強さと哀れを感じる。 12時に吊り上げが終わり、湯の貫通を待ったが、来たのは空気だけ。 失敗である。 昼食をとり、やり直し作業だ。堀さんが源泉の湯を止める。 せっかく張ったワイヤーを緩め、雪渓上でパイプを外し、中の湯を出し、再び接続。 また、チルホールを漕ぐ。野さん、原さん、田さんが交代で何百回も漕ぐ。 ワイヤーが張れたら源泉の湯を流す。 空気の後に湯が放出した。 成功である。
最後に湯のパイプを風呂のパイプに繋げるのだが、接続器具のネジを回すときに、 いきよい良く飛び散る湯が手に掛かり、熱くて何度やっても接続できない。 大さん、原さん、田さん、「あちち、あっち、あっち」と叫びながら悪戦苦闘している。 主人がやってきて「このパイプを繋げたら一流」という。 主人がやる。何度かやる。「あちちち」の後で、「えい、ビニールだ」ということで、 あっさりビニールパイプと番線で繋いで、幕切れとなる。
3時だった。 露天風呂に湯を満たし、缶ビール片手に、どっぷりとつかる。 一番風呂とはこのことだ。
7人の他は誰もいない黒部の山の一角のささやかな露天風呂。 小屋開けをした人しか味わえない満ち足りた気分。 でも、営業を開始したら、訪れた人がそれぞれに、 この露天風呂の魅力を感じるであろうことを思うと、 やりがいのある仕事とは、このことではないかと実感するのである。
 夜は小屋開け成功の祝宴があり、個性豊かな人間模様がむきだしになった。 山登りや岩登り、沢登りの他に、 イワナ釣りキチ、イワナの燻製作りに財産を惜しみなく注ぎ込む人、 コケ注3)採り名人、やまくさ注4)採りの達人、スキー三昧の人、 自分で作った麹からドブロクを作る人、自分で育てたブドウからワインを作る人、 自給自足のあくなき追求から、米作り、鉄砲、わな、ミツバチの飼育までする人、 野鳥を求めて日本中を旅する人、女房に放し飼いにされている男。

 3日目は、晴れのち曇り。朝8時の室温は10℃。 小屋の横には大きな残雪があり、なんだか、夏なのに春スキーに来ている感覚である。 朝一番で3人が下山し、次に宇奈月経由で扇沢に向かう3人が下り、 最後に主人が帰って、仙人谷は静かになった。

注1) 旧道:阿曽原から仙人温泉への廃道。雲切新道ができるまで、使われていた。小屋開けの時期は雲切新道の橋が架けられていないので、濡れずに雪渓を登る旧道が使われる。

注2)インクライン:斜坑に作られた荷物用ケーブルカーのこと。黒四ダムと黒四発電所の間に作られ、関西電力により定期運行されている。

注3)コケ:富山弁でキノコのこと。

注4)やまくさ:富山弁で山菜のこと。山草


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