仙人温泉小屋エッセイ 山から下りたときに考えること その3

「危険と安全」

仙人温泉小屋スタッフ  田中 正祐紀

「しっかり」「ちゃんと」「きちんと」がここ数年、耳につく。
政治家からタレント、スポーツ選手まで、テレビでこれらの言葉を聴かないことがないほど、よく使われている。流行する言葉は、世を反映しているものだ。
適当な人や怠け者が増えたので、自分(達)はそうではないと言いたいから、ついつい使ってしまうのか。あるいは、ほどほどの対応では、許せない(許されない)世の中になってきたのか。どうやら、後者に分がありそうである。
そのための防衛線を「しっかりと」という言葉で主張しているような気がするのは、私だけだろうか。
また、「ほんとうに」もよく使われる。うそは許せないのは常であるが、そう言わないと心が落ち着かないのだろう。私も使ってしまう。
「ほんとうに」を使うとき、自分は真実を語っていると無意識のうちに主張したいようだ。あるいは、疑われると困るという気持ちの現れだろうか。信じることと疑うこと。どちらかというと疑う場面が増えている気がして哀しい。

さて、このところ、安全、安心が売り物の世の中である。安心して食べられる安全な食べ物。安心して暮らせる安全な街。安心して住むことができる安全な原発村(注1)。安心・安全の健康キャットフード。
やはり、世の中を斜め(批判的)に見る傾向の私には、こう言われても、いい世の中になったとは思えない。「安全」「安心」が叫ばれれば叫ばれるほど、危険な世の中になってきたな!という気がしてしまう。
でも、そもそも自然の中で暮らしていた大昔は、そこらじゅう危険だらけだったはずだ。人々は農耕を始めて、家を建て、村を作り、危険から少づつ遠ざかり、安全を確保してきた。
我々は文明のお陰で、安心と便利を手に入れてきたとも言える。にもかかわらず、ここにきて、危険を感じるのは何故だろう。危険な食べ物、想定外の出来事、事故、暴力、詐欺、盗み、ストーカーの被害が身近になっているのか。
自然災害の危険度はそれほど変わらないが、人為災害(被害)の危険度が増大しているのか。では、どうしてそんなことになるのか。

ここまで書いて、これは難しい問題で、私の手にはおえない気がした。無責任と言われそうなので、「ちゃんと」続けます。世の中は、苦難に満ちている。自分の命や体を危険にさらすこともある。我々は、それを受け入れているか。苦痛、恐怖、不安、危険に耐えられる覚悟があるか。このように一人ひとりの問題にすれば、打開できるかもしれない。
火事が怖いから、子供が火遊びするのを禁止する大人。「川で遊んではいけません」「ハチに近づかないように」「熊出没注意」の看板。確かに危険から遠ざければ、安全だろう。だから禁止するという考え方でいいのか。
過保護で育ち、危険を経験しない人が、過度に安全を求める世の中を作り出していると考えられないか。私は焚き火が好きだ。燃えた木が爆ぜて、火の粉で服に穴が開いたことがある。
火の粉が目に入る危険性もある。火が燃え広がり、火事になる危険性もある。でも、火箸で火を一定の大きさに止める方法を知っている。いわゆる「火加減」である。小学校まで、飯はカマドで炊き、風呂は薪だった。また、大工をしていた親父が、土手で廃材を燃やすのを手伝った。ちょっと油断した隙に土手の草に火が燃え移り、慌てて水を撒いたこともある。
だから、火の大きさを適度に保つことと消火のコツを、経験から知った。 もし、火を取り扱ったことがなかったら、近所の焚き火を危険だと言って、目の敵にした人になったかもしれない。 そして、燃えない家、燃えない家具・カーテンの部屋で、石油ストーブ禁止、ガスコンロ禁止の生活をしていたかもしれない。
残念に思うことは、私の子供たちに焚き火の経験をさせなかったことだ。 親父失格である。 渡良瀬川が遊び場だった。 ハヤやドジョウ、ヤツメウナギがいた。 半ズボンで川に入り、魚を追っていると、川底の石が動いてバランスを崩し、全身ずぶ濡れになった。 あるときは、流されて深みにはまり、アップアップしたこともある。
 夏の川では、多くの大人がアユやハヤを釣っていたが、子供を川から追い出す人はいなかった。 母が夏に、足尾の沢入というところに近所の子を誘って、川遊びさせてくれた時代だった。 大岩の上から、山深い冷たい深緑の淵に、飽きるまで飛び込んだ。 今の渡良瀬川に子供の姿はない。 私の子供も、川の近くに住みながら、川に入る機会を持たせなかった。 親父としては残念である。 水の危険を知るチャンスは、プールにはないだろう。 あるとき自動車で橋を渡っていると、川原に白鷺がいるのを見た息子は、「川に傘が刺さっている」と言った。 情けない笑い話だ。
 山に行くと、普段感じない危険がある。 へたをすると命に関わる危険である。 意気地がないために、雪山とロッククライミングをしないので、私の経験は、つたないものかもしれない。 テント泊のビギナーだった頃、夏の剣沢にテントを張った。 夜中の12時、寒さで目が覚めた。冷え込んでいるので、雨具まで着たが、それでも寒い。 なんと、空気が冷たくて、吸い込むと肺が冷えて、全身が震えるのだ。 初めての経験だった。
深夜2時、剣沢小屋に逃げ込もうとも考えたが、迷惑千万になるので、耐えた。 シュラフに頭を突っ込み、寒さと息苦しさで、夜明けまで眠れぬ夜となった。 次からは、テントと共にツエルト(注2)を持って行き、寒い夜はツエルトを寝袋と頭の上に覆った。

北アルプスで、道迷いから沢を滑落したことは、最初のエッセイに書いたが、 薬師沢から黒部川を遡上した赤木沢(注3)でも同様な危険に会っている。
赤木沢を詰めると最後に大滝が現れる。 右に高巻き道ありという前情報を頼りに、それらしきところを登ったが、岩登りのようになってしまい、 これ以上登れないことが分かった。 でも、高くまで登ってしまって、恐怖心が起こり、動くことができない。 下りるには、右にトラバースするほうが安全な気がして、右手を先の岩に掛けた瞬間、手がすべり、そのまま落下。 約5メートルほど下の川原に、「ほんとうに」スローモーションで滑り落ちた。 幸いにも砂地で、手足のかすり傷だけで、骨折はしなかった。 落ちた脇に大岩があり、これに直撃したら危なかったと思った。 よく見ると巻き道は、落下した所より、さらに右手にあり、登ると大滝を見下ろせた。 危険な目にあったことを告げると、山行を禁止されかねないために、家族には黙っていた。 でも、このルート選択の痛いミス経験が、次の山行の危険回避に役立っている。

過保護な世の中だからこそ、遭難がある度に、安全登山が叫ばれるような気がする。 山に行くことを禁止するのではなく、山は危険なところだと自覚している人が、少しでも増えるように望む。 それが、安全へと導く「ほんとうの」道ではないかと思う。 刃物は使い込んでこそ、怪我をしなくなるのであって、 怪我を恐れて刃物を使えない(使いたくない)人間が増えることに、 危機感を覚える今日この頃である。
そういえば、ナイフで鉛筆を削っていたあの頃は、子供が川で遊んでいたっけ。


注1)福島第一原発の事故以降、このスローガンを口にする人は激減した。

注2)雨や風から体を守る非常用の1枚の布。

注3)登山道はない。沢登の沢として知られている。

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