「小屋の盆恋歌」

黒部の仙人(高橋重夫)

平成25年の北陸地方は梅雨の長い年になってしまった。
7月5日、小屋開けのために入山した日も雨の強い日だった。早朝便で小屋に向かったのは小屋主の、自称仙人を名乗っている高橋と大阪のO西君。
2便で来るのは東京のK森さ んと群馬のT中君。 仙人谷の旧道経由で小屋に着いたのは13時ちょっと過ぎ。その頃には天気は回復して雨は上がった。12回目の小屋開けなので心配することは殆どないのだが、雪の重みで小屋が破損、最悪は倒壊しているのでは、という不安は常にある。
近隣の小屋では調理場が大破して営業に支障が生じている小屋もある。北アルプスの山小屋は大雪と格闘して負けないだけの忍耐力が要求されるのだ。

 室堂から剣沢の小屋辺りまでが剣岳の正面玄関口と言われている。そこから下って真砂沢ロッジから仙人池ヒュツテ、池の平小屋、仙人温泉小屋経由で阿曽原から欅平への登山道は裏剣ルートと呼ばれて、上級者向けのコースにな っている。 今年も積雪が多かったので9月中旬まで谷には雪渓が残りそうである。雪渓上を歩ける時期は時間が短縮されて快適この上のない登山を楽しめるのだが、雪渓が割れ出すと非常に困難なルートになる。 仙人温泉小屋は一昨年に宿泊棟が30センチ傾いて、倒壊寸前の姿になったのだ。主の仙人は茫然自失。どうしたらいいのだろう……、一年間休業して修理をするか、とも思ったが、貧乏な小屋なのでそれもままならない。プロの職 人を頼めるだけの経済力もない。 山小屋で酒を呑みながら、つらつら考えた。独りで修理するしかない。必ずやり遂げる、という心と信念だ。その心が折れなければ何とかなる、と思ったのだった。
その年はO西君が5泊6日の夏休みを確保して小屋開けの手伝いに来てくれたのだったが、雨、雨、雨の連続で彼が居る間は何も修理をすることができながったのだ。結局独りでこつこつと小屋の傾きを修正したのだった。
 今年の小屋開けはとても順調とは言えなかった。獣による被害は少なかったが、長雨に祟られて散々だった。温泉引きも小屋の片付けも布団干しも、何もかも手こずった。 8月3日に北陸地方の梅雨明け宣言が出たのだが、4日から6日まで雨は降り続けた。小屋の内部を片付けたくても、外で陽に当てたいものばかりなので手を付け兼ねるばかり。連日朝から酒を呑んで、愛読しているフランダース の犬や、三島由紀夫の小説などを読んで暇をつぶすだけの日が続いた。
 8月7日からは天気が回復して本格的な夏が仙人谷にも訪れた。青空のもと、庭に植えたニッコウキスゲの花も開き出して小屋は夏の色あいを徐々に濃くしていくのだった。 天気が安定すれば宿泊者も少しずつではあるが増えてくる。中には唐松岳を越えて、祖母谷を経由して仙人温泉小屋まで1日で来る人もいる。11歳の息子を連れて来る人もいる。83歳のお婆ちゃんが来たときには正直驚かされ た。
もう何年も通ってくれている大阪の植田さんも来てくれたのだが、 「オヤジ、俺も79歳だから今年が最後だ、思い出にするから一緒に写真を撮りたい」 なんて淋しいことを言っていた。
出会いがあれば別れもある。会者定離は大昔からの習いなので仕方がないことは解っている。けれど、笑顔で酒を飲み合って、山の話をした人にもう会えなくなると思うと、酒が身体に応えてしまうのだよ。 老若男女。色々、様々な人が宿泊しては下山して行きました。
 「また来るよ」 「また来ます」 と言って元気よく下山して行く人も多いけれど、裏剣ルートと雲切新道は体力の消耗が激しい登山道なので、二度と来れない人もまた、多い。
 そう言えば、歩けなくなって、富山県のヘリコプターで病院に直行した人もいたのですよ。 お盆明けの16日までは仙人温泉小屋もなんやかんやと賑わいを見せたが、17日は宿泊者が途絶えて谷はまた静かになった。 12日にK森さんが下山したのと入れ替わりにO西君とO野君が刺身、納豆、果物などを沢山背負って来てくれた。仙人は風邪をひいていたので、配膳や食器洗いをしてくれるだけでも助かる。身体の芯に残っている疲労が解消したよう だった。 17日にK美子ちゃんも手伝いに来てくれた。男5人で運営している仙人温泉小屋の紅一点のK美子ちゃんは長野県の、国宝に指定されている城のある街の女性だ。登山歴は浅いのだが体力はある。白馬岳ぐらいなら日帰りで登って来ち ゃうんだよ。――ちょっと無謀だと思うけれどね。
 K美子ちゃんが初めて小屋に来たのは、4年前だつた。冷たい秋雨の降り続いている日だった。
仙人は驚いた。その雨に濡れた細い横顔が45年前に交際していた女性にそっくりだったからだ。宿泊してくれたので名前を確認したら名前も同じだったのでまたびっくりした。
何かの縁だと感じて、夜に二人でたっぷりビールを飲みました。K美子ちゃんは酒に強い。仙人も弱くはないのだが、飲み負かされてしまいました。酒と気の強い女性が仙人は大好きなんだ。
 中学生の時に仙人の家庭が崩壊したので、新聞店に住み込んで配達をしながら学校に通っていたんだ。その頃手紙をくれて励ましてくれたのがK美子ちゃんと同名の女の子だったんだ。 生活が辛いのと毎日が面白くないのとで仙人は不良少年になりかかったね。警察の鉄格子のなかでもう帰るのはいやだとただをこねることもあった。そんな時も彼女は面会に来てくれました。 現在ならもっと彼女を大切にしたと思う。もっと優しくできたと思う。もっともっと、二人でできることがあつたと思う。 もう、遠い想い出になってしまいました。
仙人は24歳の時に一家名乗りをした親分の孫と結婚をするまでは、暴淫暴色の無明の道を右往左往していました。結婚後も行き当たりばったりの人生だったので紆余曲折がありましたが、トドのつまり山小屋のオヤジに収まってい ます。
 昔の彼女と同名のK美子ちゃんは2泊3日で、ビールを24本飲んで19日に元気よく下山して行きました。仙人はしばらく一人で小屋番を頑張らなければなりません。またK美子ちゃんとビールを飲める日が来るのを心待ちにしながら・・・・。
 株分けをして増やしているリンドウがもう、二輪薄紫の蕾をつけました。蕾が開きはじめめると夏が終わって、仙人谷に秋の風が吹くようになるのです。

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