「仙人温泉小屋との出合い」

阿部幹男

あれは5年前の夏、北アルプス大日岳を登る計画をたてました。大日岳をただピストンで登るのではいまちなので「大日岳のピークを踏み、後は温泉巡りの山旅」というテーマで歩いたことがありました。
 コースは
 称名の滝〜大日平山荘 泊
 大日平山荘〜大日岳〜奥大日岳〜雷鳥平テン場 泊
 雷鳥平〜別山〜剣沢〜仙人峠〜池の平テン場 泊
 池の平〜仙人峠〜仙人温泉 泊(通過し、阿曽原でテント泊予定だった)
 仙人温泉〜阿曽原〜欅平
計画では、大日平山荘のみ山小屋に宿泊し、他はテント泊の予定でした。大日平山荘泊の日は私の誕生日で、何十年ぶりかの山小屋泊もたまにはいいだろうと決めていました。
仙人峠で仙人温泉小屋の手伝いをしていたという人に会い、おもしろい親父さんがいると聞き、時間もあるので、ではということでのぞいてみました。すると親父さんは布団干しの仕事を一人でやっており、話しているうちにせっかくだから温泉でも浸かっていくか、じゃあビールでも飲むか、あのロケーションの中で飲むビールの味は格別でした。
時間もあるし、今日は、ここで泊まっていくかということになりました。そして飲みながら、熊が小屋で泊まった話、特に赤いスプレーをかじり赤い鼻の熊さんの話は大笑いでした。話しているうちに、こんな山奥でこんな生き方をしている人が本当にいるんだということに驚きました。その人柄に惚れ、また来ますと言って山を下りました。
 そして、その年の秋、下の廊下が歩けるようになった頃、扇沢に車を止め、下の廊下〜仙人温泉小屋〜真砂沢〜ハシゴ谷乗越〜内蔵助平〜黒部湖の周回コースを歩きました。
この時、初めて山小屋の手伝いをしてみました。以前から山小屋で働いてみたいという気持ちがあったので、翌年から小屋の手伝いに入るようになりました。温泉好きの友達に話したら、是非行きたいということで案内したこともありました。「裏剣=仙人温泉小屋」が私の心の中にできていきました。

 私は、定年退職したらやりたいことリストのNo1が「山を登りながら日本一周をする」という夢でした。そしてこの春、無事定年を迎え、8月から念願の山旅を始めました。旅を始めて、まず感じたことは、これまで時間に追われながらの生活から180度の転換だったので、時間があるありがたさでした。高速は使わず、下道を走りました。それは、料金のことだけでなく好きな時、好きな所でゆっくりでき、地元の人と話をしたりできるからでした。
この山旅は、山だけでなく温泉に浸かる楽しみもありました。できるだけ共同浴場を捜し、可能なら混浴に入るようにしました。田舎の温泉は、地元の人ばかりでしかも結構な高齢者が多く、「あんたどこから来なさったね」「埼玉からです。山を登りながら日本一周しているんですよ」「ほ〜たまげたね〜」・・・・・そんな会話をしながらおじいちゃん、おばあちゃんと話すのは何とも言えぬ心和む時間です。
そして全国を回りながら、長いこと会っていなかった友達やお世話になった人たちと会うこともこの山旅の大きな目的の一つでした。懐かしい顔に会えた喜びは、生きてよかったと実感させられました。癌で亡くなった友達の実家に線香をあげに行った時も、高齢の母親が喜んでくれました。

 北海道を回り、本州の日本海側を南下、新潟でお墓参りをして富山へ。そして富山県では絶対に仙人温泉小屋の高橋さんに会って来ようと旅の前から決めていました。雲切新道を登り、小屋に入るとあの高橋さんの笑顔があり、握手し歓迎してくれました。
故郷がいくつかあるとしたら、まず生まれ育った新潟、そして何十年も山登りをしているなか出会ったこの仙人温泉小屋だと思います。高橋さんと最初の出会いで知った、「50歳になったら山小屋をやる。それを20歳の時に決めた。」この話を聞き、実行していることに驚き、感動したことは忘れません。  
 山を下りたら、これからさらに南下し西日本を周っていきます。人との出会いというものは実におもしろいものだと思います。これから先もどんな出会いが待っているか楽しみです。仙人温泉小屋にはいつも人が集います。また来たいなと自然に思わせるぬくもりがあるからだと思います。そんな人との出会いの本当のおもしろさを教えてくれたのが高橋さんです。高橋仙人、ありがとうございました。

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