「ある旅のかたち」

仙人温泉小屋スタッフ  田中 正祐紀

 JR九州が『ななつ星』【注1】という寝台列車を、この秋から運行する。九州の駅を基点とした観光地を2〜3日かけてめぐる7両編成の列車だ。ただ駆け抜けるだけの列車ではないという。時に降り立ち(駅に長時間停車)、ふれあい(食事や観光)、感じること(おいしいな〜とか綺麗だわとか)ができるようだ。
キャッチフレーズは《新たな人生にめぐり逢う、旅》である。

ある旅のかたち1 ななつ星 


豪華客船クルーズの陸上版ともいうべき、豪華列車(寝室を兼ねた広い客室、食堂・ラウンジ付き)の旅であろう。  ゆっくりとした列車の旅には魅力を感じる。でも、豪華な旅には、そそられない。なにせ、1泊一人15万円から40万円を払わなければ、新たな人生にめぐり逢えないのだ。
 でも、世の中にはクイーンエリザベス号の世界一周にポンと2百万円を払う人がいる。いつもは質素でささやかな生活を送る我が身であっても、覚悟さえあれば、2百万円ぐらいどうってことない。あの世にお金は必要ないのだから、生きている内に使ってしまえと思えば、払える。
 だが、違うのだ。
 旅の満足度(思い出に残る度合い)は、掛けるコストに比例しない。むしろ、2百万円払って旅に出ても、それが気になると、旅を楽しむどころではなくなってしまうのではないか、という懸念が常にある。反対に、掛けたコストに酔ってしまう人もいるようだが。 要するに、旅のコストを気にしない旅が好きなのである。

 『ひとつ星』【注2】を購入したのは、49才の誕生日。登山の上りはジョギングで、下りはサイクリングで鍛えられるという考えから、靴を買った。もとい、ランニングシューズは45才だった。このとき買ったのはマウンテンバイク!  最初は、うれしくて、山道にこの自転車を持ち込んだ。でも、上りはペダルが重くて辛いし、下りは木の根や枝に引っ掛かって転倒しそうになり、1年で懲りた。 結局、ごついタイヤを外し、舗装道路用に変更した。

 さて、自宅の前の道から渡良瀬川のサイクリングロードが見える。ここが起点となり、『ひとつ星』にまたがり、旅が始まる。

 ほんとうは、フーテンの寅【注3】のように気の向くまま、唐突にフラリと出て行きたい。しかし、世のしがらみに縛られる身であり、そんな訳にはいかない。行き先を数ヶ月前から思い浮かべて、徐々に気分が乗ってくるのを待つ。その間に計画(ルート)を練り、季節と週間天気予報と気分がピッタリ合ったら、決行だ。 家族に迷惑をかけないために、仕事や日常の雑用を片付けておくことは、言うまでもない。

 ふと、小学生のときに見た鶴ヶ城、あの会津若松まで行きたくなった。ルートは例幣使街道【注4】と会津西街道【注5】を走ろう。季節は翌年の春として、気分が乗るのを待っていたら、東日本大震災が起こった。やむなく中断して、そのまま2年が過ぎた。
もう待てない! 今年の秋に行くぞと、心に決めた。55才である。小屋の応援がない9月がいい。天気予報で20日(金)を出発日とし、家族に計画書を提出して了解を得た。 やはり、前日の夜は、期待と不安でよく眠れない。遠足に行く小学生に戻ったような、この感じがうれしい。気になるのは、交通事故や盗難、体調不良、おやじ狩り【注6】などである。

 朝7時、ペダルを漕ぎ出すと、もう開放感で体が沸き立つ。顔に風を受けながら走っていると、不安感はすっかりなくなっている。『ひとつ星』は、雲ひとつない快晴の渡良瀬川サイクリングロードを軽快に走る。飲み物はスポーツドリンクを携帯し、汗をかいて喉が渇いたときに少しずつ飲み、公園などで水を補充する。  例幣使街道へ入ると自動車との併走だ。これには毎回うんざりするが、我慢する。

 こんな旅をする時には、あえて大まかな地図しか持たないようにしている。ナビも不要。こうすると、ルート通りに走らなくてもいい自由を手に入れることができる。すると、脇道で、思いもよらない発見があるし、ちょっとした道迷いも、山でなければ楽しいものである。

 岩舟で、トンボ舞う田んぼ道を走る。両側は黄金色の稲穂の海だ。ふと見ると、水路に小魚が群れをなして泳いでいる。水田の農薬使用量が減り、生き物が川に戻ってきたことを実感する。小学生の頃に体験していた景色がそこにあった。とてもうれしくなった。 さらに進んで、大平下のブドウ園の横を通過中、フェンスから道路にはみ出た『巨峰』を発見。さっそく、手を伸ばして数粒を食する。よく熟している。山の猿になった気分だ。
 栃木駅で、妻が持たせてくれた『おにぎり』を取り出し、ベンチに座って食べた後、蔵の街を走り、鹿沼に向かう。 東武線に平行した道を、迷い気味に走っていると駅があった。駅の前には、付近の案内板がある。道を確認していると、近くに道の駅がある。さっそく、『道の駅にしかた』に向かう。普段食べない『あんみつ』150円で休憩。

 鹿沼を抜けると日光杉並木になる。 例幣使街道らしいこの道は、現代では危険極まりない道と化している。
両脇にスギの大木が林立しているので、道路に幅がなく、自転車の走る余地がない。スギの外側に側道があるが、未舗装で草刈がされておらず、おまけにスギの落ち枝が多々あり、走りにくい。
思い切ってスピードを上げ、自動車道を走る。 「ごめんなさい」... 追い越そうとする自動車が、反対車線が空くまで、併走しているのが分かる。顔は見えないが、ドライバーが「なんでこんなところに自転車がいるんだよぉ〜」と怒っている。さらに、大型車両の通行が多い。ダンプに抜かれるときの音と風圧は、生きた心地がしない。 時速30Km以上で約30分の恐怖体験が終わった。

 ようやくたどり着いた今市では、今夜の宿を探す。『ひとつ星』には寝台の機能があり、テント、エアマット、寝袋を積んでいる。野宿【注7】である。だから、これから、ひっそりと誰にも見られない場所を見つけなければならない。 過去に、公園、川原、神社と色々の場所で寝た。 その経験から、運動公園を下見する。野球場のサブグランドの奥が芝生で死角になっている。目星がついたので、イオンで夕食と明日の朝食を買う。

 戻ると中年男性が一人でフリスビーをしている。仕方がないので、夕暮れまで、自転車でブラブラして時間を潰す。こういうときに、同じ道を何度も走ってはいけない。特に学校の前をウロツクことは厳禁だ。不審者又は変質者と思われてしまうからである。
5時半に戻ると、彼はまだフリスビーに夢中だ。 『ひとつ星』の食堂(公園のベンチ)で『豚カツ弁当』398円と『チョレギサラダ』198円、『ハムマヨパン』をかじり、『生茶』で流し込む。 6時で暗くなり、ようやく彼もいなくなった。大急ぎで、テントを張り、中に入り、ヘッドライトを点けた。
 大谷川の水音が大きい。疲労が眠りを誘う。鳥が鳴く。小動物が時々騒ぐ。いつものことだが、野宿は安眠できない。1〜2時間毎に目がさめる。物音がするとテントが消えてなくなり、全身が耳になったような、鋭敏な感覚になる。眠った人間ほど、無防備な存在はない。危険と隣り合わせであるという本能が、眠りを浅くする。実は、自分の中に、この感覚が目覚めるのが好きで、あえて野宿を選ぶ。

 深夜にテントの中が明るいと感じた。外に出ると満月で、野球場の長い壁や遠くの団地がくっきり見える。そういえば、昨日が中秋の名月だったと、妻が寝る前のメールで教えてくれた。月明かりに照らされたグランドの芝は、銀色に光って美しい。
 朝4時起床。昨日、イオンで買った『コロタマバーガー』98円と『Wぶどうミルクホイップパン』98円を食べ、テントを畳む。運動公園のトイレで歯を磨き、用便を済まして、トイレの水でスポーツドリンクを作って出発する。

 会津西街道に入る。早朝の道路は交通量が少なくて、のんびり走れるのが心地いい。空はうす曇りで、左手には男体山や女体山、もとい、女峰山が見える。鬼怒川温泉のコンビニで昼食の『おにぎり』を5個買う。
向かい風の中、だんだん晴れて暑くなる。川治温泉(かわじおんせん)から五十里ダム(いかりダム)を通り、五十里湖の旧道に向かう橋に着いた。小腹が減り『おにぎり』を2個食べる。
  さて、どちらを走るか?選んだ旧道は車が一台も通らず、静かさを独り占めできた。 しかし、いいことは長続きしない。再び旧道が新道に合流すると、連休を満喫しようとするバイク軍団や家族旅行の自家用車の列の中に戻ってしまった。昼前だったが、峠越えの精力をつけるために、三依(みより)で『きのこソバ』700円を食べる。蕎麦屋の夫婦は、お客が来たことに気付かない。大きな声を出したら、ビックリしていた。そうだ、音も無くやって来る客は少ないのだ。

 ゆるやかな坂道を上り続けて、ヘトヘトになるが、この苦しさに耐えている時が、またいいのだ。『おにぎり』を1個食べ、スポーツドリンクを飲んで、ひたすらペダルを漕いだ。9月でも背中に受ける日差しは夏そのものだ。 突然、トンネルが現れる。県境である。

 トンネルを抜けると下り坂。全身で受ける風が涼しい。気分は高揚し、ドヤ顔【注8】になっているのが分かる。勢い余って『道の駅たじま』で、妻に「目的地の田島まで行けそうや。そこにセブンイレブンがあるんや。どや!」という内容のメールを送ってしまった。返事は「暑さで頭狂ったか〜」でした。ここで、『とちおとめ牛乳』130円を飲み、気分を落ち着ける。
 さらに下ると道端の露店で、『ゆでとうもろこし』150円が目に付いた。通り過ぎてしまったので、引き返して購入。すると、オバサンが味噌汁(無料)を出してくれた。

 田島を通過し、国道脇のスーパー『ブイチェーン下郷(しもごう)店』で夕食の『焼肉弁当』280円とお茶『伊右衛門』88円を買う。『ゆでとうもろこし』も残っている。
日が傾いて来たので今夜の宿を探す。 ありました。大川ふるさと公園。よく整備された立派な公園だ。トイレがウォシュレットでコンセントもある。フィールドアスレチックでは子どもが遊び、テントも張れそう。でも、あまりにもキチンと整備されているため、死角がない。仕方なく、公園の垣根の外で、畑との境界にテントを張った。
まさかここには人が来ないと思っていたら、垣根の間から小学生の女の子が自転車を転がしてやって来た。『焼肉弁当』を食べていたので、バツも悪く、申し訳なさそうにこちらから挨拶すると、ビックリした顔をして、挨拶を返してくれた。そして、怖がらずに横を静かに通り過ぎてくれた。 「ありがとう」... あの少女の顔は、死ぬまで忘れないと思うな。

 朝4時起床。昨日食べなかった『おにぎり』2個を食べ、濡れ手拭で体をふき、トイレで携帯の充電を済まし、6時出発。 霧の農道を進むと、すぐに晴れた。『ひとつ星』のラウンジで、セブンイレブンの『挽きたてコーヒー』100円を飲む。これはいい。
芦ノ牧温泉で誰もいない足湯を発見。疲れた臭い足を湯に漬ける。朝の歓楽街の外れにある神社の前の足湯で、すがすがしい気分になれた。

いよいよ目的地の会津若松が近い。
国道を走っていると左手奥に土手が見えた。しめた、サイクリングロードになっている。しばらく阿賀川沿いに走ると、なんと『イヌワシ』が近くの枯れ木の天辺で休んでいる。だが、カメラを出す間もなく、その鳥は大きな翼を翻し、悠然と遠くの木に飛んでいった。わずか10mぐらいの至近距離で『イヌワシ』に逢えるとは、仙人温泉小屋でもないことだ。 しばし、呆然と佇む。

 鶴ヶ城に着いたのは9時である。
会津若松市内はお祭りで賑わっており、駅方面は通行止めになっている。そして昼頃の電車に乗るには時間がありすぎる。 よし、猪苗代湖まで走ろうと決める。通行止めにならない千石通りを北へ走ると、薄皮饅頭の店があり、すかさず入る。2個買って、店内のラウンジで、無料のコーヒーや麦茶と共に食する。柏屋は1個94円の饅頭で大満足できるお店だった。

 長い坂道を1時間上って、ようやく辿り着いた猪苗代湖。ここでも湖畔のサイクリングロードを見つけ、水辺のヨシの中に潜む鳥の声を聞きながら軽快に走る。セブンイレブンで『大満足ミックスゼリー』199円を買い、湖畔のベンチで食べる。1時半だった。走り始めると、あまりに調子がいいので、上戸駅【注9】に気付かず通り過ぎた。国道のトンネルを抜けると、駅はなく、そのまま下り坂。どんどん下る。変だなと思ったときにはもう遅い。いっそ、このまま郡山駅まで走ろうということになる。昼飯も食べ損なって、疲れ果てそうになりながら、郡山駅に着いた。3時半だった。

 自転車を畳み、パッキングすると4時。 さてと、今日は福島駅まで行き、明日、南相馬まで走る計画だ。でも、もう十分走ったと思った瞬間、みどりの窓口に行き、「両毛線の桐生駅まで乗車券1枚」と言っていた。
電車を待つ間にキヨスクで『ビッグコロッケロール』130円と『焼きおにぎり』105円、『おーいお茶』147円を購入し、ペロリと食べた。4時半の普通列車に乗る。自転車を抱えて電車に乗るときは、迷惑を考え、新幹線や特急には乗らないことにしている。それにしても、鈍行列車の速さと座っているだけで目的地に到着してしまうことが、有難い。
桐生駅には妻が車で迎えに来てくれた。8時半だ。家に着くと、すぐに風呂に入り、夕食を食べ、ベッドで寝た。普段ならなんでもない入浴と食事、そして安眠が、身に沁みる。
 もともと『ひとつ星』は登山の体作りの道具として購入しましたが、 5年前から、《新たな経験にめぐり逢う、旅》へと誘う乗り物になりました。しかも、今回の会津周回コースは265Km、2泊3日で7千6百円(電車賃が約半分)【注10】です。コストなど気にせず、気軽に寄り道をしていると、思い掛けない出来事に、一喜一憂してしまうのです。そして、時が経つにつれ、思い出として、これらが深く心に刻まれていきます。
なあに、この筋肉痛と尻の痛さは、すぐに消えますよ。

【注】
1)ななつ星(7車両) 2013年10月15日から運行開始。10月〜12月の予約倍率は約10倍

2)ひとつ星(1車両) 2008年10月11日から運行開始。過去に桐生から銚子港や桐生から直江津港のプランあり。予約不要

3)フーテンの寅
 映画「男はつらいよ」(山田洋次監督)の主人公:車寅次郎(渥美清)のこと テキ屋の渡世人

4)例幣使街道(れいへいしかいどう)
 倉賀野宿(高崎)から今市宿まで。日光東照宮に通じる江戸時代の道

5)会津西街道(あいづにしかいどう)
 鶴ヶ城(会津若松)から今市宿まで。江戸時代の物流の道

6)おやじ狩り
 若者が路上や公園で中年男性を襲い、金品の強奪や暴行を加えること

7)野宿
 自由を楽しむ大人か、ホームレスが行う宿泊方法。興味のある方は『野宿大全』(村上宣寛 著)をお読み下さい

8)ドヤ顔
 得意顔、したり顔のこと。大阪弁で「どや」は「どうだ」の意味がある

9)上戸駅(じょうこえき)
 猪苗代湖東湖畔にある磐越西線(ばんえつさいせん 会津若松⇔郡山間)の駅

10)
 初期投資として自転車が10万円、テントや寝袋等で10万円のコストが掛かっています。自転車以外の装備は登山と共有です

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