「人生は・・・」

黒部の仙人(高橋重夫)


新しい年の始まる元旦は我が人生で63回目なのだが、まだまだ新鮮に、爽やかに感じる。新しい一年は新たなる旅の始まりであり、長い旅の終わりの年になるかも知れないと云う不安もまた増してくる。
人生は旅、をコンセプトにしているホテルグループがある。タオルとスリッパにくっきりと印刷してある。
60年を越えて生きた過去を振り返ると、人生は旅なのだ、なるほどなと感じさせられる。
そのホテルグループは夕食時にビール、日本酒、焼酎が飲み放題なのだ。酒仙人と自称したいと思っているほどアルコールが好きなので、飲み放題、と云う言葉にはいたって弱い。2時間半の飲み放題なので、その気になれば正体不明になるまで飲める。ただしバイキング方式の料理は決して満足のいくものではない。
まあ、一泊二食で7800円の低料金なのだから文句は言えない。へべれけになるまで飲んで、温泉にゆっくり入ってぐっすり寝れば日常のストレスは霧散するね。
日常からの脱出。それが旅行だよね。温泉でのんびりするのは旅行であって旅ではないよね。 旅行が旅になるのは、旅行の二歩か三歩先を歩くことなのかも知れないんだ。

「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり」、と謳って生涯を旅に暮らした松尾芭蕉は、温泉に入って酒を飲んでいる俳句は詠んでいない。
「旅人とわが名呼ばれん初時雨れ」
「この道や行く人なしに秋の暮れ」
のような俳句を読むと、旅とは人生の命題を求めて行くこと、歩くことなのかも知れないと思う 。

もう、遠い日の青春のころ。誰しもが一度は思い悩んだことがある筈だ。
人間は何故生まれて、何故生きるのだろう……と。
素朴な思いなのだが、しかし永遠の問いかけではある。人は何を求めて、何処へ行くのだろう、と63歳になろうとしているのにまだ悩んでいる自分が恥ずかしい時もある。

酒仙人が俳句を詠むと、
「年寄りと我が身呼ばれん暮れの酒」
となる。昨年初孫を授かったので年寄りの心境を、名実ともに実感している。けれど、孫を溺愛する事は避けなければならないと厳しく自分を律してもいる。孫よりも大事なのは自分の人生なのだ。
13年前にたどり着いた山小屋のオヤジ、という身分がとても気に入っている。山小屋はある意味で非日常的な生活空間であるから、旅をしながら日を過ごす生き方と似ていなくもない。
15歳から配管工として建設現場で働きながら温めていた、ささやかな夢が山小屋で暮らすことだつた。仕事ばかりで終わる人生には耐えられなかったのだ。世の中の仕来たり、社会のしがらみの少ない生活が理想なのだが、実現することは難しい。人は人間社会の中でしか生きられない、と云う宿命がある。だから少しでも束縛のない生活をと夢を見る。 でも何故?と云う問いかけがあって、人生とは何なんだと考えこむようになる。

「風に靡く富士の煙の空に消えて 行方も知らぬわが思いかな」 と詠んだのは平安時代の歌人、西行法師。
「未だ生を知らず、いずくんぞ死を」と言ったのは孔子先生。
人は何故生まれて、何処へ行くのか?と云う問いに答えられる人はいない。だから、その事で思い悩むのは徒労なのかも知れない。
でも、でも、仕事からまったく解放される正月に自分の人生を振り返って、将来を思うことは悪いことではない。普段は仕事に忙殺されて、へとへとになつているのだから、時間に余裕のある時に至福の人生を夢に見ても、罰は当たるまいよ。

夢だつた山小屋の暮らしだが、黒部川流域は名うての豪雪地帯である。小屋は6月中旬まで固く締まった雪に埋もれている。そして10月中旬には雪が降り出す。そんな気象条件なので小屋の傷みは激しい。毎年屋根、壁、水道管、温泉のパイプを修理したり交換をしなければ維持できない。それを思うと少し憂鬱になるが、山小屋暮らしは毎日が旅同然なので辛抱できるのだ。
経営的にも3ヶ月弱の営業日数では利益が出る所まではいかない。冬の間に配管工として働いて、75歳まで山暮らしをしたいと思っている。

「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」 芭蕉最晩年の俳句である。
一筋の道を歩き切った男の生涯が凝縮されていると思う。自分の行く末を見定めながらも、まだ旅に対する情念が燃えているのを感じるのだ。

よく言われる。 人生は一度きりだ、と。確かにそうなのだが、健康で生活している限りは実感はあまりない。人は失ってからそのものの価値を知る時が多々ある。失ってから何度嘆いたことだろう。 金、健康、伴侶、恋、おっと、63歳になろうとしている酒仙人には恋は余分なことだったよ。

とまれ、今年も明るい年になるように期待して、正月の美味しい酒を、気合いを入れて飲むぞっ……。


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