「仙人谷の真っ黒い大きな鳥」

仙人温泉小屋スタッフ  大西達矢

仙人温泉小屋のお手伝いを始めた頃だった。
親父がよく話したのは、「小屋開け頃の七月の中頃から後半に掛けて、毎年必ず真っ黒な大きな鳥がやってくるんだ。」
「クマタカだと思うんだけどな・・・・」
野鳥好きの自分はこの話に俄然興味を抱いた。大型猛禽のクマタカは森の忍者とも言われ生態が謎に包まれた国内最強のタカである。
仙人谷をクマタカが2羽滑空する姿を想像しただけでもワクワクドキドキ、いずれ画像化したいと考えていた。
が、7月中頃の仙人温泉小屋は営業準備に忙しく親父を始めスタッフ一同はゆっくりと空を眺めている余裕など無い、しかも週末のみのお手伝いで訪れる仙人温泉小屋に、なかなかこの真っ黒な大きな鳥は現れてくれなかった。
帰宅してからの平日に「今年も来たぞ!」と親父から連絡が来た。「真っ黒で大きいぞ!」
真っ黒な大きい鳥??

 クマタカは確かに大きい。しかし図鑑を見てもクマタカの下面は白っぽい。自身の野鳥観察のフィールドとしているのは木曽駒、そこで観察しているクマタカは大きな翼に白っぽい畳のような網模様がある。親父の言う「真っ黒」に違和感を感じていた。
でも親父の言葉に間違いないだろうという固定観念があった。
なかなか親父には、この疑念を切り出せずにいて、野鳥に詳しい友人に話しをしてみた。
すると友人は「仙人谷の初夏に毎年現れる真っ黒な大きな鳥って、それはクマタカじゃないよ。クマタカは下面が黒くなく白っぽい網模様だよ」
「トビに間違ってんじゃないの?」と「北アルプスだろう!」とほくそ笑みながら、この友人には、その時この鳥の正体は判っていたのだ。
北アルプスに生息する大きな真っ黒な鳥?野鳥好きならば考えただけでもドキドキと胸の鼓動が高鳴る。
恐れ多くもずばりとは中々切り出せないが、この事を話すことなく。親父から答えが出たのであった。


 その年のオフシーズンに親父が興奮しながら。「あの真っ黒な鳥を詳しく調べたんだ」
野鳥の図鑑を購入したらし。「クマタカじゃないイヌワシだよ!!」
親父が笑いながらやっと言ってくれた。野鳥好きにとっては恐れ多くも中々ずばり言うことも憚ってしまう。これまで違和感を感じていた初夏に現れる真っ黒な大きな鳥、親父が簡単に切り出してくれた。絶対それに違いない!!違和感が吹っ切れた。
しかし、正体が判っていた友人は「画像を見ないとトビの可能性も否定できないな」と数少ない天然記念物の大型猛禽。
「写真を見ないと信じられないよ!」
奴をあっと言わせたい、俄然ファイトが湧いて来た。

 次のシーズンの小屋へのボッカは重たい望遠レンズも携帯しながら雲切新道を登った。
週末には中々現れてくれない。
何度も失敗したが、ようやく今まで図鑑でしか見たことが無かった真っ黒な大きな鳥が現れた。2011年8月1日の朝8時頃だった。
親父が「今日は現れるかもしれないぞ!」
作業を始めるまで仙人温泉小屋の岩の上で寝そべりながら坊主山の方を眺めていた。
30分くらいして雲の霞掛かった切れ間から大きな翼が見え隠れしたのだった。
「来た!」
黒い翼を羽ばたき無く風を捉えての滑空。足が震えた。
ファインダーに写る頭から後方に掛けて薄茶色っぽい真っ黒い大きな鳥に望遠レンズを向けて夢中でシャッターを押し続けたが、曇り空の中では光が足りない。
遠くで滑空する真っ黒い大きな鳥の眼光を捕らえることは難しい。


  
 この日に見た真っ黒の大きな鳥は3羽だった。
その年の冬に生まれた子供を連れての飛翔だと思う。
撮影後は撮った画像を拡大して自分なりに詳細に分析してみた。
大きな嘴(くちばし)は白っぽい黄色のようだ。初列風切羽の翼先開示数は7枚(注1)、両翼と尾っぽに白い模様、三ツ星鷹と言われる由縁の特徴である。遠くから撮ったあまり良くない画像ではあったが興奮して指が震えた。
これは絶対にトビなんかではない、トビは初列風切羽は6枚だ!
ようやくイヌワシと確信を持てた。
今年生まれた幼鳥の写真のようだが頭から背に掛けての薄茶色の金色っぽい感じの特徴は成鳥の証である。自分の持っている知識を総動員しての分析だった。
下山して詳しい方からの情報では全世界で生息する8亜種の中でニホンイヌワシの特徴として若鳥の段階から成鳥の特徴を持っているかもしれないと言うことだった。

溜鳥(注2)としては国内最大の猛禽、最強の空の王者「イヌワシ」別名三ツ星鷹″。
英名:ゴールデンイーグル、レッドリスト(2012年)絶滅危惧IB類(EN)。

 この日の作業は始めて見た真っ黒な大きな鳥の事で頭がいっぱいだった。
上の空で作業に集中出来ないことを親父は察して天気も悪かった事もあったのだが中断して祝杯に終始した。
今後の課題としてイヌワシの眼光を捉えて鮮明な画像を撮る事、画像化して小屋に飾りたい
今の目標である。


【注1】初列風切羽(しょれつかぜきりばね)
      主に推力を生む羽で胴体側から1.2.3・・と番号が付けられている。次列風切羽が揚力を生むのと同様に初列風切羽も揚力を生むことも可能となる。
      翼先の開いた羽の数は分類に重要なアイテムなのではありますが 野鳥の会や鳥類学会でも定まった言葉が無く色々な言われ方をしています。 今回は翼先開示数が判りやすいと判断しました。
      

  【注2】溜鳥(りゅうちょう)
      同一地域に年中生息し、季節により移動しない鳥。

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