「男は黙って・・・・・!」

黒部の仙人(高橋重夫)

2月になってから、仕事の見通しがつかなくなった。
長いトンネルのなかで出口を模索する日が続いた。
年度末になると建設業界はやたらと忙しくなる。3月一杯の工期という現場が重なるので、どうしても人手が足りなくなる。
早い話、職人の奪い合いの様相を呈するのだ。誰しもが自分の現場だけは工期内に完了させたい、と思っている。他人の現場はどうであれ、自分の現場だけは……。
毎年のことなのだが、この業界で飯を食い続けけるには、非情にならなければいけない時が多い。甘い顔をしていれば利益のない仕事ばかり請け負うことになってしまうのが常なのだ。
誰にでも好かれて、いつも笑顔を絶やさなかった仕事仲間が、増え続ける負債のために自殺した。自らの生命保険金で負債を清算したのだった。
資金繰りの苦しい時に金利の高い金貸しから危険な資金を調達したのが、泥沼への下降スパイラルの始まりだったのだ。
遺族には申し訳ないが仕事に男の生命を張って頑張っていた職人の心意気は、あっぱれ日本男児と誉め讃えたい。
それにしても、告別式の席で、「今度こそ返済してくれるんだろうな!」と凄んだ金貸しもまた、生命をを的にして生きている男なのだつた。
会社が破産寸前になっても素知らぬ顔をして現金をかき集めて夜逃げをするクソ社長が多いので、仕事を請け負うのも疑心暗鬼のご時世なのですよ。

人間がサルと大して変わりがなかった頃から、男の仕事は常に命がけでなければできなかったに違いない。
他人が見れば楽でいい仕事に感じても、従事している本人には他人に言えない、汗と涙の物語が必ずあるはずなのだ。
山小屋のオヤジ、なども決して例外ではない。
家族を養って、健全な家庭を維持するためには、粉骨砕身の思いで働いて銭を稼がなければならない。その基本的な事がクリアーできずに離婚した若い夫婦を何組も見た。
男と女がですよ、感じ合う所があって、それが恋、そして愛に至る過程はごく自然の成り行きである。 誰しもが経験する事なのだが、毎日の生活が成り立つ経済力の裏付けがなければ、愛する日々は崩壊するのが人の世の常である。
愛だけでは腹はふくれない。けれど愛が無ければ心が痩せ細る。仲睦まじい夫婦生活を30年、40年と過ごすには多くの妥協と沈黙が必要とされるのだ。その事が身にしみていないと、結婚は人生の墓場なりと云うことになる。

今年もまた仙人としての山小屋暮らしが2ヶ月後に始まる。13回目の入山なので緊張もしないでのんびりしている。
小屋の経営を手がけた当初は5月になると家族を巻き込んでのてんやわんやの大騒ぎになったのだった。
当時は生命がけで返済しなければならない額の借金があった。ために、山小屋の物資が思うように調達できなくて、大変な苦労をした記憶が今でも生々しい。 1万円、2万円の金が無くて支払いに切ない思いをしたことも度々であった。夜中に布団を被って悔し泣きしたこともあったのですよ。
手形での支払いなら仕事は請け負えません、とキツい約束をして乗り込んだ現場も、今月だけはどうしても苦しいので、手形にしてくれ、と言われれば諦めざるをえない。 材料を200万、300万円も現場につぎ込んでしまうと、何とか回収できないものか、と考えるのは人情だろうね。それが泥沼にはまり込んでしまう第一歩なのですよ。
運転資金に余裕の無い時は支払いを受けた手形を材料屋に回す。決済日に手形が落ちなければ回した手形を現金で買い戻さなければならない。それが出来なければ連鎖倒産しか道はない。苦し紛れに高利貸しから資金を調達してその場を乗り切っても、今度は高金利のために身を滅ぼす事になる。
女房に協力を仰いで、10年がかりで借金の返済を終了した。ただ黙々と働いた10年でした。
現在はちょっと生活を楽しめる程度の余裕ができた。
不思議なもので少し余裕ができると、ガールフレンドができたりする。苦労を供にした妻とガールフレンドとの板バサミになって苦労するのも男の甲斐性なのかも知れないが、それも健康で仕事が黙々とこなせるからではあります。
仙人は今年63歳になりました。もう3、4年したら老境を受容しなければならない年齢になりました。
同じ年の仕事仲間と話し合うことがあります。首が痛くてね、腰が痛くてね、と。肘、膝、肩もちょっと無理をすると痛むのです。
でもね、男は黙って仕事をしなければなりません。仕事のことで愚痴を言うようになったら、その時は世の中に暇乞いをする時なのかも知れません。


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