「桜の記」

黒部の仙人(高橋重夫)

所沢に50年ぶりの大雪が2月に降った、かと思ったら 4月は50年ぶりの小雨と云う異常な気象状況だった。生活に直接響くような困った問題はないが、山小屋商売の仙人としては何か不気味なものを感じるのだ。

2月15日の大雪、自宅駐車場 3月4日河津桜を妻と見る。 天城越えの道は残雪が一杯。(3/4)

 2月に大雪が降ったので桜の開花が少し遅れたが、気象庁の開花宣言が発表されると、3日間ほどで満開になった。
その散りぎわの潔い華やかさが好きで、桜が咲きだすと心が穏やかでない日が多い。 2月下旬になるとテレビで、河津桜が咲き出しました、と報じ出す。年度末は仕事が立て込んでいるので、おいそれと花見には行けない。が、何とか日程を調整して3月初旬に日帰りで河津桜を見て来た。天城越えの道にはまだ解け切らない雪が残っていた。
 3月中旬には川崎市の宮崎台で仕事をしていた。現場の駐車場に染井吉野が植えられていたので、昼時には日増しに色づいてくる桜の蕾を楽しむことができた。
 

奥湯本のホテル、庭の枝垂れ桜が満開です。(4/10) 日光澤温泉で休養(4/13) 仁科三子湖のうち中綱湖の湖面に映える桜(5/2)

4月になっても仕事が切れない。箱根湯本のホテルに通う日が多くなった。須雲川沿いの斜面には山桜が多い。見える範囲で一目200本。山全体では千本が咲き競っている。奈良の吉野山に負けず、劣らずの華やかさだ。
 4月中旬には奥鬼怒の日光澤温泉で3日間休養できる連休が確保できた。東北道を宇都宮でおりて日光〜宇都宮道路にはいると、道の両側に山桜が何処までも続くと思われるほど見事に咲いていた。
 5月は五日間の連休がとれたので、長野県の風吹岳に登るために小谷村の来馬温泉に一泊して鋭気を養った。村営の宿なのだが、千葉県から移住した管理人兼板前のオヤジが打つ蕎麦が旨いので毎年通っている。 天気が思わしくなかったので風呂を楽しんだだけだったが、中綱湖の湖面に映る桜が印象に残っている。 その足で上松町の木曽駒荘に仲間を尋ねた。

木曽上松の駒の湯の桜(5/3) 開田高原からの御岳山(5/4) 木曽駒荘のドラム缶風呂

12年前に廃業して見捨てられていた山小屋を有志が再建しようとしているのだった。が、実情は皆の別荘代わりになっている。営業小屋と言うにはほど遠いようである。 木曽駒荘の周辺には野鳥が多い。ノスリ、クマタカなんかが飛翔して来るので驚かされるのだ。 風呂のない木曽駒荘なので、ドラム缶風呂に入るか駒の湯という温泉施設で汗をながす。
駒の湯の枝垂れ桜もまた見事だった。 翌日は御岳山の飛騨側まで車を走らせて、濁河温泉の風呂を楽しんだ。43年前、御岳山の沢を随分釣り歩いた記憶がとても懐かしい。当時は熊が多くて怖い思いを何回もした。それだけにイワナは釣れた。しんじられないかも知れないが、1日で百尾釣れる日もあった。とにかく、面白かったんだよ。
 5月中旬に北海道の釧路で桜が開花した。平地では最も遅い開花だが、東北の標高の高い山里も釧路と同時期に咲いている。 その桜を見がてら青森の不老不死温泉で仙人温泉小屋の懇親会と小屋開けの打ち合わせをした。
暇があったので前日は岩手県の湯川温泉に泊まった。湯治客の多い温泉場なので、風呂は堪能できる程に充実している。72度の湯が掛け流しなのですぞ。もちろん湯船は調整済みの湯ですから入浴に差し障りがあろう筈は御座いません。

湯川温泉の道路沿いにカタクリが咲いていた。(5/17) 青森の不老不死温泉(5/17) 山形県温海(あつみ)温泉にもう一泊(5/18)

シドケ、アイコ、コシアブラ、山ウド、ゼンマイ、ワラビ、と東北の宿は山菜が豊富です。もう少し生活に余裕ができたなら、妻と一週間ほど湯治をしたい。そんな気にさせる宿なのです。素泊まりなら3500円なのだからに夢のような話ではない。
翌日は青森の不老不死温泉で仙人温泉小屋のスタッフと懇談をした。海の中に湧いている温泉は茶褐色で少し塩っぽい。大波が寄せて来ると海水が風呂に飛び込んで来る。その迫力には恐れいるばかりだ。
スタッフのO西君は野鳥に詳しい。ミサゴ、ホオアカ、イソヒヨドリなどを撮影して見せてくれる。そう言えば、雄物川を秋田道で渡っていたらミサゴが大きな魚をワシ掴みにして、ヨタヨタ飛んでいるのを見た。白神山地を歩けばクマゲラに会えるかも知れないと、希望が湧いて来るのだ。
岩手県と秋田道の境の巣郷温泉の周辺では、桜が咲き残っていた。

 6月初旬には、仙人谷の残雪の状況を見に行く。小屋開けの日を決めるためだ。仙人谷の雪渓を見れば、その年の登山道が安全なのか、危険が伴うのかが、概ね判断できる。 6月初旬の仙人谷は、山腹が峰桜の濃いピンク色で染めあげられる。その雪渓に映える桜を見るのも、山暮らしの楽しみの一つなのだ。
西行は謳う。

春風の花を散らすと見る夢は
   覚めても胸のさわぐなりけり と……。

春風とともに、散ってしまった恋もあった。けれど、胸騒ぎがしても、もう惜しむことはできない。
人の世は常に、無常なのである。


Copyright(c)Sennin-OnsengoyaAllrightReserved.

戻る